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東京高等裁判所 昭和56年(う)1009号 判決

被告人 岡村匡尉 ほか六人

主文

一  原判決を破棄する。

二  被告人岡村を懲役二年に、同高田を懲役一年六月に、同澁谷を懲役一〇月、同加藤を懲役六月に、同西端を懲役三月に、同榎本を懲役五月に、同澤を懲役六月に、それぞれ処する。

三  この裁判が確定した日から、被告人高田に対し三年間、被告人澁谷、同加藤、同西端、同榎本、同澤に対し各二年間、右各刑の執行をそれぞれ猶予する。

四  被告人岡村から金三一六万円を、同高田から金二〇八万五〇〇〇円を、それぞれ追徴する。

五  原審における訴訟費用のうち、

1証人青木民男(原審第四、七回公判期日、以下回数だけを表示する。)に支給した分は、これを二分し、その一を被告人澁谷、同加藤の連帯負担、その一を被告人澁谷、同西端、同榎本の連帯負担、

2証人片山力(第四、七回)に支給した分は、これを二分し、その一を被告人岡村、同澁谷、同加藤の連帯負担、その一を被告人澁谷、同西端、同榎本の連帯負担、

3証人関根宇一郎(第四、七回)に支給した分は、被告人澁谷、同加藤の連帯負担、

4証人赤星汐(第六回)、同森田信之(第八回)、同田中宗一(第九回)、同秋山久雄(第九回)に支給した分は、被告人高田、同澁谷、同西端、同榎本の連帯負担、

5証人坂本正利(第一〇、一三回)、同桐沢昇(第一〇、一三回)、同加納正之(第二七回)、同坂田晃司(第三〇回)、同長崎準一(第三〇回)、同大久保寿隆(第三二回)に支給した分は、被告人岡村、同澤の連帯負担、

6証人佐藤達次郎(第一二回)、同太田睦(第一二回)、同小林稔忠(第一五回)、同山本雄一(第一六回)、同田代敬治(第一七回)、同山田一夫(第一七回)、同石原正平(第二五回)に支給した分は、被告人高田の負担、

7証人青木民男(第二八回)、同塚本明(第三二回)、同菊池八郎(第三二回)に支給した分は、これを七分し、その一づつを被告人七名の各負担、

8証人前野良吾(第三〇回)に支給した分は、これを四分し、その一づつを被告人澁谷、同加藤、同西端、同榎本の各負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人岡村については弁護人真野稔、同湯浅甞二が連名で提出した控訴趣意書(なお同弁護人ら提出の控訴趣意書訂正書がある。)に、被告人高田については弁護人吉田昂、同竹上英夫が連名で提出した控訴趣意書に、被告人澁谷、同加藤、同西端、同榎本については弁護人岡嵜格、同浅見敏夫、同木下良平、同河本仁之、同青山周が連名で提出した控訴趣意書(なお岡嵜弁護人ら提出の控訴趣意書訂正申立書がある。)に、被告人澤については弁護人井本臺吉、同兼平慶之助、同宮島康弘、同布施謙吉が連名で提出した控訴趣意書(なお同控訴趣意書の訂正書がある。)ならびに弁護人野玉三郎が提出した控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであり、これらに対する答弁は、検察官提出の答弁書に記載されたとおりであるから、以上の各書面をいずれも引用する。

(控訴趣意に対する判断)

当裁判所は、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせ、各控訴趣意について以下のとおり判断する。

一  被告人岡村に関する控訴趣意第一点について

所論は、原判決は、被告人岡村について、検察官の訴因とは異なる犯罪事実を認定したものであり、右は被告人側の防禦の利益を侵害する違法をおかしたものであるから、破棄を免れないというのである。

そこで、被告人岡村に対する本件起訴状に記載された訴因(公訴事実第一の一および二)と原判決が同被告人について認定した罪となるべき事実(第一の一および二)とを対比させてみると、要するに同被告人が二回にわたり自己の職務に関して賄賂を収受したという基本的事実においては同一であり、その賄賂の提供者、提供された株式の種類、数量、利益の供与をうけた日時、場所等においても格別の差異がなく、賄賂収受の趣旨についても、原判決は訴因に記載された収受の趣旨の一部だけを縮少的に認定したものであることが明らかである。ただ、収受した賄賂の内容につき、(イ)殖産住宅相互株式会社(以下殖産住宅という。)の新規発行株式に関しては、訴因が、右株式の一万株をその発行価格(一株一二五〇円)で取得する利益(取得利益一三三〇万円相当)であるとしているのに対し、原判決は、その発行価格と東京証券取引所への上場に伴う上場始値(一株二五八〇円)との差額一万株分一三三〇万円相当の利益であるとし、(ロ)日本電気硝子株式会社(以下日電硝子という。)の発行済み株式に関しては、訴因が、右株式の二万二〇〇〇株をその売出価格(一株二七〇円)で取得する利益(取得利益三六三万円相当)であるとしているのに対し、原判決は、その売出価格と前記取引所への上場に伴う上場始値(一株四三五円)との差額二万二〇〇〇株分三六三万円相当の利益であるとしている点において、ある程度の差異がみられるのであるが、賄賂として取得した利益の総額においては、訴因と原判決の認定との間になんら差異がなく、原判決は訴因に記載された取得利益の算定理由を明らかにしただけであるとみることもできるのである。そして、右のような賄賂の内容たる利益の額については、原審において、被告人岡村の弁護人や他の弁護人らから訴因に対する釈明が求められ、検察官からその点に関する釈明がなされ(その内容は原判決の認定と結論的に同じである。)、検察官の論告や弁護人らの最終弁論においてもそれぞれの立場から右の数額についての見解が表明されていることが記録上明らかなところである。

以上のような諸点からすれば、被告人岡村に対する訴因事実と原判決の認定事実との間に格別大きな差異はなく、原判決が訴因変更の手続をとらずに前記のような事実認定をしたことにより、同被告人の防禦に実質的な不利益を与えたものということもできないから、原判決の事実認定の手続に所論のような違法はないというべきであって、論旨は理由がない。

二  被告人岡村に関する控訴趣意第二点について

1  所論は、原判決は、本件贈収賄罪の客体たる利益を各株式の公開価格と上場時に形成された上場始値との差額であると認定したが、右は判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認であるとし、その理由につき種々詳論するのである。

2  そこで、検討すると、原判決は、さきにも述べたとおり、罪となるべき第一の一および二において、被告人岡村が収受した賄賂は、殖産住宅の関係では同社の株式の上場始値と発行価格との差額一万株分相当の利益であり、日電硝子の関係では同社の株式の上場始値と売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益であると認定しているのであり、争点に対する判断の第一および第二において、右認定の理由につき詳細に判示説明しているのである。

3  原判決の右認定ないし判断の当否を検討する前提として、本件においては、株式の新規上場、その際における株式公開、親引株の割当などといった用語が頻繁に登場するので、その意義や実際上の慣行などを明らかにしておくことが事案解明のために必要であり、原判決は右の用語の意義などを必ずしも明確にしていないことでもあるから、原審ならびに当審において取調べた各証拠や関係諸法律の規定に基づき、必要な限度においてそれらの意義などを述べ、なお、本件における各社の株式公開の態様などについても言及することにする。

株式の新規上場とは、証券取引所が特定の株式会社の発行する株式を取引所における売買取引の対象として承認することをいうのであり、会社の側からみれば、その発行する株式が証券取引所の開設する株式市場において売買取引の対象として認められることをいうのである。会社としては、上場により、ひろく各方面から資金の調達が得られることを本来の目的とするほか、自社の知名度や信用度を高め、業績の伸長や人材の確保を図ることなどをも副次的な狙いとするのである。新規上場については、会社からの申請により、証券取引所が、みずから定める有価証券上場規程、株券上場審査基準などに基づき、公正な株価の形式や株式の適正な流通、さらには投資家の保護といつた見地から、当該会社の資産や利益、業務内容、経営状態などを審査したうえ、上場申請を承認あるいは却下し、時には申請を取下げさせたりする。また、上場については大蔵大臣の承認も必要とされており(証券取引法一一〇条)、その承認は証券取引所からの申請によつてなされるのである。

株式公開とは、昭和四七年当時における東京証券取引所の株券上場審査基準の取扱い1(2)b(a)(証拠略)によれば、「発行会社の幹事証券会社たる本所の会員が、上場日の直前に、発行会社株券を当該会社の安定株主(役員、縁故者または当該会社の特定する者など)以外の不特定多数の者に五〇〇〇株未満の単位かつ均一の価額で、東京周辺において売り出すことをいうものとする。」とされており、要するに、新規上場の直前において上場しようとする株式を一般に売出すことをいうのであり、その趣旨は、あらかじめ相当数の浮動株主および浮動株式を作ることにより、上場後の売買取引を円滑にし、公正な株価の形成を図ろうとすることにあるとされているのである(なお、株式公開は、新規上場の場合だけでなく、店頭売買によつても行われるが、そのことは別論とする。(証拠略)。右の株式公開には、公募公開と売出公開との二種類があり、(イ)公募公開とは、増資の方法により新株を発行しこれを一般に売出すものであつて、これは証券取引法二条三項にいう有価証券の募集に該当し、同法四条以下の規定によつてあらかじめ大蔵大臣に届出をしなければならないこととされており、(ロ)売出公開とは、既に発行されている会社の株式を一般に売出すものであつて、これは証券取引法二条四項にいう有価証券の売出に該当し、やはり同法四条以下の規定によつてあらかじめ大蔵大臣に届出をしなければならないことになつている。右二種類のいずれであつても、株式公開にあたつては、先ず株式の売出価格(前記株券上場審査基準の取扱いにいう「均一の価額」である。公募公開の場合は公募価格あるいは発行価格といい、売出公開の場合は売出価格という。総称的に公開価格ともいわれる。)が定められなければならないが、その価格は、当該株式の発行会社から委託されて右株式の売出業務や上場関係の事務を取扱う証券会社(これを幹事証券会社という。それが複数である場合、主幹事証券会社と副幹事証券会社とに分けられる。)が、大蔵省の了解をも得て決定するのであり、その価格算出にあたつては、当該発行会社と業務内容の類似するいくつかの会社の株式の最近における市場価格を基準とし、それによつて定めた価格をさらに一割ほど下回る価格に決定する(これがいわゆるデイスカウントである。)のが本件当時の通例であつた。

本件において、殖産住宅の場合は、野村証券株式会社(以下野村証券あるいは野村という。他の証券会社についても同じ。)を主幹事証券会社とし、大和証券、新日本証券の二社を副幹事会社として、株式の公募公開を行なつたのであり、殖産住宅が東京証券取引所(以下東証という。)への新規上場に際して発行する増資新株九四〇万株はこれを右野村ら三社が一括して公開価格により買取引受をし(野村が五六四万株、大和、新日本が各一八八万株)、その代金払込期日(上場日直前の昭和四七年九月三〇日)に代金を一括払込することになつていた。そして、右野村ら三社は、右払込期日までの間に、売出期間を定めて(同年九月一九日から二二日まで)、株式公開のため右増資新株を一般に売出し、公開価格による代金の払込をうけていた(株券交付日は上場日と同じ同年一〇月二日と定められていた。)のであり、売残った分は各証券会社が背負い込むことになつていたのである(証拠略)。ところで、殖産住宅は、右のように証券会社三社に買取引受をさせ、同時に売出の委託をした九四〇万株のうち、約五九〇万株について、証券会社に対し売渡先と売渡数量の指定をしたのであり、これによつて、右指定分は、一般への売出対象から除かれ、殖産住宅の役員、幹部社員、取引金融機関、得意先その他の関係者に割当てられ、それらの個人や法人が取得することになつたのであつて、これが親引株といわれるものであり、親引株の割当は、本件当時新規上場の際の慣行とされていた(原判決の争点に対する判断第三の二参照)。

日電硝子の場合は、大和証券を主幹事会社とし、山一、新日本の両社を副幹事会社として、株式の売出公開を行なつたのであり、日本電気株式会社(日電硝子の親子会社であり、大株主でもあつた。以下日本電気という。)の所有する日電硝子の既発行株式三五七万株が新規上場(日電硝子は東証ならびに大阪証券取引所に同時に上場申請をしていた。)に際しての売出に充てられることになり、日本電気から委託をうけた日電硝子と前記大和ら三社間の契約によつて、右三五七万株の売出を右三社が一括して取扱うことにし(取扱株数は、大和が二六七万八〇〇〇株、山一が五三万五〇〇〇株、新日本が三五万七〇〇〇株)、右三社が売出期間をもうけて(昭和四八年四月一六日から一八日までとされた。)右株式を一般に売出すほか、売残つた分は三社がみずから引取ることになつていた(このことから、右三社は日電硝子の株式について残株引受をしたものといわれる。)。そして、日本電気と前記三社との間における株券の受渡期日は同年四月一四日、売出株式の代金の受渡期日は上場日である同年四月二三日と定められ、売出をした相手方である一般人に対する株券の受渡期日も同じ四月二三日と定められていた(証拠略)。なお、日電硝子の場合も、殖産住宅と同様に、親引株の割当をし、証券会社に対して売渡先と売渡数量の指定をしたのである(前記三五七万株のうち約一七一万株が親引株とされた。)。

4  右に述べたような諸点を前提として、先ず、被告人岡村の殖産住宅に関する本件収賄の犯行ならびにこれに対応する被告人澁谷、同加藤の本件贈賄の犯行につき、基本的な事実関係をみると、関係各証拠によれば、(イ)殖産住宅においては、昭和四七年初めころから、同社の株式を東証の第二部に新規上場させるべく、その上場申請の準備を進め、その作業のためのプロジエクトチームを作り、同社の常務取締役であつた被告人澁谷が同チームを統括し、その下に被告人榎本(同社総務部の株式担当次長であり、右チームにおいて東証への上場申請関係や増資新株の割当関係などの事務の責任者となつていた。)ならびに被告人加藤(同社の財務部長代理であり、右チームにおいて大蔵省への有価証券届出書提出関係などの事務の責任者となつていた。)の両名がおり、以上三名の下に片山力らの五名の社員がチーム員として各種事務を処理していたこと、(ロ)殖産住宅においては、昭和四七年六月一六日ころ東証に対し上場申請書を提出したが、上場に伴う新株の売出につき大蔵省に対し有価証券届出書を提出しなければならないため、そのころ、被告人澁谷、同加藤らが大蔵省に挨拶に赴き、その後は主として加藤や前記片山が大蔵省に赴いて事務折衝に当つていたこと、(ハ)被告人岡村は、原判示のとおり、昭和四五年五月から大蔵省証券局証券監査官となり、同局企業財務課において有価証券届出書等の審査事務などの職務を担当していたものであるが、昭和四七年六、七月ころ、殖産住宅からの有価証券届出書提出につきその審査を担当することになり、前記澁谷、加藤らから挨拶をうけ、その後加藤、片山らとたびたび会い、同人らに対し有価証券届出書の作成、提出につき種々助言、指導をしたこと、(ニ)殖産住宅においては、右岡村の助言、指導のもとに有価証券届出書を作成し、これを同年八月八日大蔵省に提出したが、さらにその後同年九月一一日ころ、新株の発行価格が一株一二五〇円と決められたことから、それに伴う訂正有価証券届出書を大蔵省に提出したこと、(ホ)被告人岡村は、右のように殖産住宅から提出された有価証券届出書や訂正有価証券届出書につき、それぞれ所定の審査をし、受理相当との意見を付して上司の決裁に回したのであるが、その間の同年八月下旬ころ、被告人加藤を東京都内の銀座四丁目付近の喫茶店に呼出し、同所において同人に対し、殖産住宅の増資新株のうち一万株ほど分けてほしい旨要請したこと、岡村としては、右新株を親引株割当の方法により上場前に発行価格で入手すれば、上場の際の株価値上がりにより相当の利益が得られると考え、右の要請をしたものであること、(ヘ)右要請をうけた被告人加藤は、返答を留保して会社に戻り、被告人澁谷と相談した結果、岡村からは届出書の提出、審査などの関係で種々指導、助言をうけており、それらの手続関係がまだ終了していないうえ、今後の増資のこともあるから、岡村の申出を断るわけには行かないだろうということになつたが、その後さらに、澁谷が殖産住宅の東郷社長の了解を得、加藤から被告人榎本に対しても事情を説明したうえ、殖産住宅として増資新株のうちから親引株一万株を岡村に割当てることを決定し、同年九月に入つたころ、加藤から岡村に対しその旨を伝えたこと、(ト)その後、被告人加藤は、同岡村から新株取得の名義人について相談をうけ、五人くらいの名前に分散することを示唆し、これに従つて岡村から同人の親せきである飯島勇ら五名の氏名、住所が加藤に伝えられ、加藤はその氏名等を榎本に連絡したこと、(チ)同年九月一八日ころ、原判示の三和銀行銀座支店において、加藤と岡村が落合い、岡村から一万株の代金の内金一〇〇〇万円が加藤に手渡され、加藤はそれを右支店にある被告人榎本名義の預金口座に振込み、右代金の不足分二五〇万円については、加藤が岡村のために立替払をする旨約束したうえ、翌一九日ころ同額の金員(加藤が澁谷の保証のもとに三井銀行銀座支店から借受けた金員の一部である。)を三井銀行銀座支店にある被告人榎本名義の預金口座に振込んだこと、右の三和銀行銀座支店あるいは三井銀行銀座支店における榎本名義の預金口座は、親引株の代金払込をうけるためにもうけられたものであること、(リ)殖産住宅の上場申請は、同年八月二五日東証の役員会で承認され、同年九月二六日大蔵大臣によつても承認され、当初の予定どおり一〇月二日に同社の株式が東証第二部に上場されたが、同日における右株式の上場始値(最初に成立した約定取引値段)は一株二五八〇円であり(安値も同じ)、高値は二六九〇円、終値は二六八〇円であつたこと、(ヌ)被告人岡村は、右上場日の一〇月二日山一証券に殖産住宅の株式八〇〇〇株の売却を依頼し、翌三日被告人加藤から同社の株券八〇〇〇株分を受領したうえこれを山一証券に交付し、同日右八〇〇〇株の株式は一株二五〇〇円で売却されたこと、また、被告人岡村は、同月一六日ころ、被告人加藤に対し前記のように立替払をうけていた株式代金二五〇万円を渡し、同日同人から二〇〇〇株分の株券を受領し、直ちにこれを山一証券に交付して売却を依頼した結果、同月一九日ころ右二〇〇〇株の株式は一株二一〇〇円で売却されたこと、結局岡村は、右のような殖産住宅の株式売却により合計で一一五三万円余の利益を得たこと、以上のような諸事実を明らかに認めることができる。

右事実のほか、(ル)原判決が争点に対する判断の第一の二において説示しているように、昭和四五年以降同四八年六月一日までの間に東証に新規上場となつた株式の上場始値は、そのすべてが公開価格を相当程度上回つており、それについてはそのような実態を呈するだけの合理的な諸事情があつたと認められ、本件殖産住宅の株式についても、原判決が争点に対する判断の第一の三、3において述べているとおり、優良株あるいは有望株として上場前から人気を呼んでいたのであつて、上場直後の取引価格が公開価格を上回ることは確実であるとみられていたこと、(ヲ)原判決が争点に対する判断の第一の三、8において説示しているように、殖産住宅の公開株式は、一般に売出されるものではあつても、実際上は証券会社から得意先や特定の関係者などに限つて売出されることが多く、一般人が上場前にこれを入手することは困難であつたことなどの諸点もまた、各証拠によつて明らかである。

5  前記3において述べた株式の新規上場、いわゆる株式公開などの意義、殖産住宅における株式公開の態様等を前提とし、4において認定した事実関係を総合して考えれば、被告人加藤、同澁谷らが、被告人岡村の要請により同人に対し殖産住宅の増資新株のうち一万株を親引株の割当として提供することにし、同人から右株式の発行価格による代金の内金支払をうけ、残金について立替払の承諾をしたことは、被告人岡村の職務に関する賄賂の供与にあたり、被告人岡村が右のように被告人加藤らから一万株を親引株の割当として提供をうけ、代金の一部支払をし、残金の立替払の承諾をうけたことは、自己の職務に関する賄賂の収受にあたるものといわなければならない。

そして、右被告人らの間で授受された賄賂は、右殖産住宅の新株一万株について株券交付日にその株主となるべき地位であり、右地位は、右株式の上場直後の値上がりにより、その上昇した価格と発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとみることができる。すなわち、被告人加藤らの賄賂提供は親引株の割当という方法によつてなされたのであるが、前述のとおり、殖産住宅の増資新株は証券会社が一括して買取引受をしたうえこれを一般に売出すことになつたものであるから、親引株の「割当」といつても、商法上の新株割当と異なることはいうまでもなく、実質は証券会社に対する売渡先の指定にほかならないのであつて、右の「割当」に応じて代金の支払をした被告人岡村の地位は、証券会社の売出に応じて代金を払込んだ一般人の地位と別段異なるところがないものといわなければならない。そこで、右証券会社と一般人(あるいは被告人岡村のように親引株の割当をうけて代金を払込んだ者、以下両者を合わせて代金払込人という。)との新株売出、代金払込の法律関係について検討すると、右は近く発行されるべき殖産住宅の新株の売買であり、一種の先物取引であるとみることができるのであるが、さらに分析して考察すれば、商法二八〇条の九第一項、二〇五条一項などの各規定、前述した株式公開の趣旨、証券会社の売出について株券交付日が定められていることなどからして、右新株の代金払込期日の翌日に新株発行の効力が生じ、証券会社が右新株の原始株主となるが、前記売出、代金払込の効果として、右証券会社の株主たる地位は株券交付日に代金払込人に当然移転し、以後証券会社は代金払込人のために株券を代理占有することになり、代金払込人は証券会社に対し株券の引渡を請求できることになるものと解されるのである。このようにして、被告人岡村は、被告人加藤らの贈賄行為により、殖産住宅の新株一万株につき株券交付日にその株主となるべき地位の提供をうけたものとみられるのであり、右岡村が右一万株の発行価格による代金を支払つている(立替払をうけた分をも含めて)とはいえ、さきに述べたとおり、発行価格はデイスカウントにより低目に定められたものであること、殖産住宅の株式については、その上場直後の価格が発行価格を上回ることは確実であるとみられており、証券会社と特別の関係がない一般人が右株式を上場前に入手するのは困難であつたことなどの諸点からすれば、右一万株の株主となるべき地位は、その株式を上場直後の上昇した価格によつて処分することにより発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものであり、被告人岡村の職務に関する財産上不法な利益であつて、正に賄賂にあたることが明らかであるといわなければならない。

もつとも、前記のような賄賂の授受行為の際、殖産住宅の株式の取引価格が上場直後にどのくらい値上がりするかについては、確実な予測をすることが必ずしも容易ではなかつたと考えられ、従つて、前記の期待的利益を数字的に明確に把握することは困難なところであるが、右株式の公開価額算定にあたり、推定流通株価は一株一三九〇円程度であると算定されていること(証拠略)、被告人岡村は、右株式について上場後は一株一四〇〇円から一六〇〇円くらいの値がつくと思つていた旨供述していること(証拠略)、被告人澁谷は、上場すれば発行価額より最低五割増しの値がつくことは確実と思つていた旨供述し(証拠略)、被告人加藤は、上場後は一株一七〇〇円から一八〇〇円くらいになるものと考えた旨供述している(証拠略)こと、東証の作成した昭和四八年七月七日付「ご照会に対する回答について」と題する書面(以下回答書という。)によれば、殖産住宅の上場後一か月間における一株あたりの高値は二六九〇円、安値は二〇一〇円であつたこと、以上のほか原判決が「争点に対する判断」の第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合してみれば、前記賄賂の授受行為の時点において、殖産住宅の株式は、上場直後に少なくとも一株一五〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるのである。とすれば、右株式の一株につき、少なくとも発行価格一二五〇円との差額である二五〇円の利益が見込まれたことになり、その一万株分として、少なくとも二五〇万円相当の期待的利益(それを含んだ前記の株主となるべき地位)が被告人加藤、澁谷らと被告人岡村との間で授受されたものとみて差支えないというべきである。

6  右と異なり、原判決は、前記のように、被告人岡村が殖産住宅の関係で収受した賄賂は同社の株式の上場始値とその発行価格との差額一万株分相当の利益であるとしているのであるが、上場始値に特別の意義を認めるべき理由は見出し難く、原判決の見解を首肯することはできない。

すなわち、(A)原判決は、争点に対する判断の第一の三において、「公開株式はあくまでも上場を目途として発行ないし売出されるものであるから、上場前における取引のために暫定的に決定されるに過ぎない公開価格はその真の価格ではなく、上場により証券取引市場において確定される取引価格こそその本来の価格なのであり、上場始値はまさしくこれに該当する。その後における株価の変動の如きは、上場に際して形成された本来の取引価格が、その時々における諸要因を反映して消長を見せているに過ぎない。」と説示しているのであるが、上場前における公開価格と上場後の市場における取引価格とがその性質を異にすることは明らかであるけれども、上場後の変動する取引価格のうち上場始値だけを特別に重要視し、それが本来の取引価格であるとみるべき理由はない。前記4の(リ)(ヌ)で認定したように、上場始値は上場後における最初の約定取引値段であるにすぎず、上場日の一〇月二日においても殖産住宅の株式の始値、高値、終値がそれぞれ異なつており、翌日以降においても同株式の取引価格は変動しているのであつて、このように絶えず変動する株式の価格について、そのどれが本来の取引価格であるかということは全く断定することができないというべきである。(B)また、原判決は、東証の作成した前記回答書によつて、昭和四五年以降同四八年六月一日までに東証に新規上場された公開株式の上場始値は、そのすべてが公開価格を上回つていることを強調するのであるが、右回答書については、その記載のうち上場始値と公開価格との差額の点についてだけ着目するのは相当でなく、同時に、右新規上場株の価格が上場の当日においても始値、終値、高値、安値などかなり変動しており、上場後一か月間の株価の高値、安値についても多様の動きがあり、上場始値よりさらに株価が上昇する例もあれば、逆に値下がりし公開価格を下回る例もみられること、上場の当日には値がつかず、その翌日以降の取引において始値が決まる場合もあることなどの諸点にも注意すべきものである。もとより、右回答書と関係各証人の証言などを総合すれば、本件当時において、新規上場株の上場直後における取引価格はその公開価格を相当上回るのが通例であつたと認められるから、右回答書は、5において述べた意味における本件賄賂の認定について有力な状況証拠となるものであるが、原判決のいうように上場始値と公開価格との差額相当の利益が本件における賄賂であると断定すべき根拠となり得るものではない。(C)さらに、原判決は、争点に対する判断の第一の二において、「本件贈収賄当事者の認識としても、単なる期待権ではなく、上場始値形成時における現実の差益の授受を意図したものであることが明らかである。」と説示しているのであるが、さきに4の(ホ)(ヌ)で認定した点からして被告人岡村が本件殖産住宅の株式につき、上場後の早い時期においてこれを処分し、その処分価格と発行価格との差額を利得しようと企図したものであることは証拠上明らかであるけれども、同被告人が特に上場始値によつて処分しその価格と発行価格との差額を利得しようとしたものとは認められず、上場始値によつて処分することはむしろ困難であつたと認められる(岡村は九月末ころ加藤に電話し、株券はいつもらえるのかと尋ねたこと、これに対し加藤は、殖産住宅の株式課に問合わせたうえ、一〇月三日には渡せると答えたことが、(証拠略)によつて認められる。)のである。また、被告人加藤、同澁谷ら贈賄者の側においても、原判決が争点に対する判断第一の四あるいは第七において説明しているように、上場後における殖産住宅の株価の値上がりを予想し、岡村に対する親引株の割当が同人に対し利益を与えるものであることを認識していたとは認められるけれども、岡村が右の株をいつどのように処分し、どのような利益を取得するかについての具体的な認識はなく、上場始値で処分することは特に考えていなかつたと認められるのであるから、本件当事者間において、上場始値形成時における差益の授受が意図されていたものと認めることはできない。(D)原判決は、争点に対する判断の第二の一において、本件における「賄賂の授受行為は、上場前に公開価格で公開株式を取得させ、又はこれを取得すること、すなわち公開株式の割当、引受、払込に尽きる」とし、その授受に関する行為が完了した時点においては、各公開株式の上場始値と公開価格との差額に相当する利益(以下差益という)は現存していないことを認めながら、上場前に公開価格で公開株式を取得すれば、「時の経過に従い上場時において上場始値が形成された時点において、何らの行為を要することなく、証券取引所の開設する株式市場においてこれと同額の取引価格を有する株式の保有者たる地位を有することとなるのであるから、この時点において前記差益を享受することとなるのである。」と説示し、右の上場、上場始値の形成、これによる差益の発生は、実行行為終了後における因果関係の進行、結果の発生にあたると説明しているのであつて、本件贈収賄罪をいわゆる結果犯にあたるもののように把握しているのである。しかしながら、結果犯とは何をいうかについて学説上は種々見解が分かれており、行為と結果発生との間に時間的離隔があるものを結果犯としてとらえる立場においても、結果犯として例示されるのは殺人罪などであつて、賄賂の供与、収受罪を結果犯とみることができるかどうかは疑問であるのみならず、刑法一九七条一項にいう賄賂の「収受」とは職務に関する不法の利益を現実に受取ることであり、同法一九八条にいう賄賂の「供与」とは右利益を現実に受取らせることをいうのであるから、利益が現存していないのにその収受、供与があつたものとみることはできないというべきである。原判決は、本件株式の割当、引受、払込の時点において、前記差益の発生は確実に見込み得たものであり、右将来の利益はその移転が完全に可能であつたというのであるが、前記のように、岡村において本件殖産住宅の株式を上場始値によつて処分することは困難であつたと認められるのであるから、原判決のいうように差益の移転が完全に可能であつたとみることはできない。(E)本件殖産住宅の関係における賄賂の授受行為が親引株の割当とそれに応じての代金払込であることは、原判示のとおりであるが、その際賄賂にあたる不法の利益は現に存在していたのであつて、その内容は5において述べたとおり、殖産住宅の新株一万株について株券交付日にその株主となるべき地位であつたとみるべきである。そして、右授受行為により右利益の供与、収受がなされた以上、贈賄ならびに収賄の犯行は既遂に達したものというべきであり、原判決のように、その後の上場や上場始値の形成などを因果関係の進行、結果の発生などとみる必要はなく、また、かりに上場始値が公開価格と同額か、あるいはこれを下回るといつた事態が生じたとしても、犯罪不成立とすべきことにはならないのである。

7  右のとおりであるから、被告人岡村が殖産住宅の関係で収受した賄賂は同社の株式の上場始値とその発行価格との差額一万株分相当の利益であるとした原判決は、事実を誤認したものというべきであり、右誤認は賄賂の内容、価格に関するものであつて、追徴についても影響を与えるものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかなものといわなければならない。

8  次に、被告人岡村の日電硝子に関する本件収賄の犯行ならびにこれに対応する被告人澤の本件贈賄の犯行につき、基本的な事実関係をみると、関係各証拠によれば、(イ)日電硝子においては、昭和四七年九月下旬ころ社内の役員、従業員らに対し同社の株式約一三五万株を売出したことがあり、その際大蔵省に提出した有価証券届出書の審査を担当したのが被告人岡村であつて、そのころ、被告人澤(原判示のとおり日電硝子の取締役兼経理部長をしていた。)、坂本正利(当時同社の取締役兼監査室長をしていた。)、桐沢昇(当時同社の経理部経理課長をしていた。)らにおいては、右届出書の提出につき被告人岡村から助言、指導をうけ、同人に対し酒食の接待をしたりしていたこと、(ロ)日電硝子は、右の株式売出を終えたころから、同社の株式を東証ならびに大阪証券取引所(以下大証という)の各第二部に同時に上場させるべく、上場申請の準備を進めたのであるが、右上場申請やそれに伴う株式公開、大蔵省への届出書提出などの事務については、前記坂本をチーフとし、前記桐沢および同社の総務部文書課長坂田晃司をメンバーとするプロジエクトチームがこれを担当し、被告人澤も必要に応じ右事務に関与していたこと、(ハ)同年一二月初めころ、右坂本らプロジエクトチームの者は上場の日程打合わせのため大蔵省に赴いたが、その際、右上場に伴い提出する有価証券届出書の審査を前回同様に被告人岡村が担当することを知つたこと、その後前記桐沢は大蔵省に提出すべき有価証券届出書を起案し、翌昭和四八年一月二七日ころ被告人岡村の自宅に赴いて右届出書の草案を見せ、その修正などについて助言、指導をうけたのであるが、その際岡村は桐沢に対し、澤と会いたいのでその機会を作つて欲しい旨依頼したこと、(ホ)右岡村の希望が桐沢から被告人澤に伝えられ、同被告人は同年二月二日ころ大津から上京し、東京都内の銀座一丁目にある料理店「金兵衛」で被告人岡村と会つたが、同所において、岡村は澤に対し、「日電硝子の公開株式を二万株ほど分けてもらえないか。」「この七人の名義で三〇〇〇株づつ合計二万一〇〇〇株分けてほしい。」と要請したうえ、自分の親せきである飯島勇ら七名の氏名、住所を記載したメモ紙を澤に渡したこと、岡村としては、殖産住宅の場合と同様に、日電硝子の公開株式を上場前に売出価格で入手しておけば、上場直後の株価の値上がりにより相当の利益が得られると考え、右の要請をしたものであり、右のように七人の名義にすることを頼んだのは、公務員である自己の名前を隠すためであつて、真に右七名の者に株式を取得させる考えはなく、名義使用について本人らの承諾も得ていなかつたこと、(ヘ)右要請をうけた被告人澤は、検討することを約束して大津の本社に戻つたが、岡村には前回の役員、従業員らに対する株式売出の時から引続き有価証券届出書の提出、審査などの関係で助言、指導をうけており、今回の株式公開に関する手続関係がまだ終了していないうえ、今後の増資のこともあるので、岡村の希望どおり親引株の割当をし、上場後の値上がりによる利益を得させようと考え、そのころ、前記坂本に対し、「岡村から二万一〇〇〇株の申込があつたのでこの七名の名前で割当てるようにしてくれ。」と言つて、前記七名の氏名、住所を記載した紙片を渡し、さらに前記桐沢に対しても「岡村に二万一〇〇〇株割当てることにしたが、具体的なことについては君が連絡をとつてやつてくれ。」と指示したこと、澤や坂本らが昭和五八年一月末現在で作成していた親引株の割当案(第一次案)においても、岡村に対し三〇〇〇株割当てることになつていたが、右澤からの指示により、同年二月上旬ころ作成された右割当第二次案においては、岡村に対する三〇〇〇株の割当が取消され、それに代つて前記七名の名義による合計二万一〇〇〇株の割当が決められたこと、(ト)前記のように、桐沢が起案し岡村の助言、指導をうけた日電硝子の有価証券届出書は、同年三月一日ころ大蔵省に提出され、岡村がこれを審査して上司の決裁に回したが、同月二七日ころ、日電硝子の公開株式の売出価格が一株二七〇円に決められたことにより、同年四月三日さらに訂正有価証券届出書が日電硝子から提出され、岡村はこれについても、その提出前の草案に目を通したうえ、提出された届出書について審査をし、上司の決裁に回したこと、(チ)前記のように、岡村に対し七名の名義で割当てられた親引株については、岡村と前記桐沢との間で具体的な連絡がとられていたが、同年三月下旬ころ、岡村の要請により、前記七名のうち岡村規矩雄との名義を保延輝男に代え、保延名義の割当株数を四〇〇〇株とすることにし(合計株数が二万二〇〇〇株となる。)、澤や坂本もこれを了承したこと、また、同年四月中旬ころ、岡村が桐沢に対し右二万二〇〇〇株の株券を四月二三日の上場当日(株券受渡期日でもある。)に一括して受取りたいと申し出たことから、両名で話し合いのうえ、右一括受取りの便宜上、前記七名のうち飯島巖の名義を山崎恒夫の名義に変更したこと、(リ)被告人岡村は、同年四月一三日ころ、前記二万二〇〇〇株の公開価格による代金五九四万円を住友銀行京都支店にある桐沢の預金口座に振込送金したのであるが、桐沢においては、初め自分が大津で岡村のため株券を受領しその後岡村に送付する考えであつたところ、前記のように岡村から上場日に株券を一括して受取りたいとの申出をうけたため、日電硝子の東京支社事務課長増田昌弘に電話連絡をした結果、同月一七日ころ、右東京支社の金で住友銀行東京支店にある大和証券の預金口座に前記の代金五九四万円が振込まれ、その後前記のように岡村の送金した五九四万円の金が、桐沢によつて日電硝子の預金口座に振込まれ、代金の決裁が済んだこと、(ヌ)以上のような経緯により、同年四月二三日の午後、前記増田が大和証券の本店において岡村のため二万二〇〇〇株の株券を受領し、同日夜前記「金兵衛」で右株券を岡村に渡したこと、日電硝子の株式は同日東証と大証の各第二部に新規上場されたが、同日の東証における上場始値は一株四三五円であり(安値も同じ)、高値は四七五円であつたこと、(ル)被告人岡村は、右の株券を受領する前の四月中旬ころ、山一証券に対し日電硝子の株式一万八〇〇〇株を上場日の四月二三日に売却することを依頼し、それにより右一万八〇〇〇株は四月二三日に一株四三五円で売却されたこと、山一証券としては、通常は株券の交付をうけてからその売付をするのであるが、岡村が大蔵省証券局に勤務する者であることから信用して右の売却をしたのであり、翌二四日に岡村から一万八〇〇〇株の株券を受領したこと、また、岡村は同じ四月二四日に日興証券に対し日電硝子の株券四〇〇〇株分を交付してその売却を依頼し、右四〇〇〇株は同日午後の大証の市場で一株四三〇円で売却されたこと、結局、被告人岡村は以上のような日電硝子の株式売却により合計三五一万円余の利益を得たこと、以上のような諸事実を明らかに認めることができる。

右事実のほか、(ヲ)前記4の(ル)において述べたのと同様に、日電硝子の株式についても、上場直後の取引価格が公開価格を上回ることは確実であるとみられていたこと、(ワ)前記4の(ヲ)において述べたのと同様に、日電硝子の公開株式についても、一般人がこれを上場前に入手することは困難であつたことなどの諸点もまた各証拠によつて明らかである。

9  前記3において述べた新規上場、株式公開などの意義、日電硝子における株式公開の態様等を前提とし、叙上の事実関係を総合して考えれば、被告人澤が、被告人岡村からの要請により、坂本、桐沢に指示するなどして、岡村に対し日電硝子の公開株式二万二〇〇〇株を親引株の割当として提供することにし、岡村から右株式の売出価格による代金払込をうけたことは、被告人岡村の職務に関する賄賂の供与にあたり、同被告人が右のように被告人澤らから右二万二〇〇〇株を親引株の割当として提供をうけ、その代金払込をしたことは、自己の職務に関する賄賂の収受にあたるものといわなければならない。

そして、右被告人らの間で授受された賄賂は、日電硝子の売出株式二万二〇〇〇株について株券受渡期日にその株主となるべき地位であり、右地位は、右株式の上場直後の値上がりにより、その上昇した価格と売出価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとみることができる。すなわち、被告人澤らの岡村に対する親引株の割当は、さきに述べたとおり、幹事証券会社に対する売出先の指定にほかならないのであり、右割当に応じて代金を払込んだ被告人岡村の地位は、証券会社の売出に応じて代金を払込んだ一般人の地位と異なるところがないものというべきであるが、日電硝子の場合は既に発行されている株式を売出したものであるから、証券会社と代金払込人との法律関係は、上場前における株式の売買にあたるとみられ、両者間の契約に伴う効果として、株券受渡期日に株主たる地位が日本電気から代金払込人に移転し、以後証券会社は代金払込人のために株券を代理占有することになる(これによつて商法二〇五条一項の定める株券交付の要件が充たされる。代金払込人は以後株券の引渡を請求することができる。)ものと解されるのである。このようにして、被告人岡村は、被告人澤らの贈賄行為により、日電硝子の株式二万二〇〇〇株につき株券受渡期日にその株主となるべき地位の提供をうけたものとみられるのであり、右株式について売出価格による代金の支払をしているとはいえ、右株主となるべき地位は、その株式を上場直後の上昇した価格によつて処分することにより売出価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものであつて、賄賂にあたるものといわなければならず、この点は5において殖産住宅の株式について述べたところと同様である。そして、日電硝子の株式についても、前記のような賄賂の授受行為の際、上場後の取引価格につき確実な予測をすることは必ずしも容易ではなかつたと考えられ、前記の期待的利益を数字的に明確に把握することは困難なところであるが、右株式の公開価額算定にあたり、推定株価は一株約三〇〇円と算定されていること(証拠略)、被告人岡村は、右株式について上場後は一株三二〇円くらいまでは上がると思つていた旨供述していること(証拠略)、被告人澤は、上場された後は低く見ても三〇〇円くらいになると思つていた旨供述していること(証拠略)、東証の作成した前記回答書によれば、日電硝子の上場後一か月間における一株あたりの高値は四七五円、安値は四〇五円であつたこと、以上のほか原判決が「争点に対する判断」の第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合してみれば、前記賄賂の授受行為の時点において、日電硝子の株式は、上場直後に少なくとも一株三〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるのである。とすれば、右株式の一株につき、少なくとも売出価格二七〇円との差額である三〇円の利益が見込まれたことになり、その二万二〇〇〇株分として、少なくとも六六万円相当の期待的利益(それを含んだ前記の株主となるべき地位)が被告人澤らと被告人岡村との間で授受されたものとみて差支えないというべきである。

10  原判決は、日電硝子の関係においても、被告人岡村が収受した賄賂は同社の株式の上場始値とその売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益であるとしているのであるが、既に6において述べたとおり、上場始値に特別の意義を認めるべき理由は見出し難く、原判決の見解を肯定することはできない。日電硝子の株式についてみても、上場の当日において高値、安値の変動があり、その後一か月間の株価も変動しているのであつて、そのうち上場始値だけを本来の取引価格であるとみるべき理由はないというべきである。8の(ヌ)(ル)において認定したように、被告人岡村は、取得した二万二〇〇〇株のうち一万八〇〇〇株については、上場当日に上場始値と同じ価格で売却処分しているのであるが、それはたまたまそのような結果となつたにすぎず、岡村が初めから右二万二〇〇〇株を特に上場始値によつて処分しようと企図したものと認めることはできない。被告人澤らにおいても、上場後における株価の値上がりを予想し、親引株の割当が岡村に利益を与えるものであることを認識していたとは認められるが、岡村が取得した株式をいつどのように処分し、どのような利益を取得するかについての具体的な認識はなく、上場始値で処分することは特に考えていなかつたと認められるのである。日電硝子の関係についても、9で述べたとおり、当事者間における賄賂の授受行為の時点において賄賂にあたる不法の利益は現に存在していたのであつて、原判決のように本件贈収賄の実行行為と結果発生との間に時間的離隔があるとみるべき必要はない。

従つて、被告人岡村が日電硝子の関係で収受した賄賂は同社の株式の上場始値とその売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益であると認定した原判決は、事実を誤認したものというべきであり、右誤認は、殖産住宅の関係と同様に、判決に影響を及ぼすことが明らかなものといわなければならない。

11  以上のとおりであるから、被告人岡村に関する控訴趣意第二点の論旨は理由があり、同被告人に対する原判決は破棄を免れない。

三  被告人岡村に関する控訴趣意第三点について

所論は、原判決は、被告人岡村が本件の各株式につき、上場の際の株主となり、その上場始値相当の価値を有する株式を取得していることになると認定しているが、右は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であるとし、被告人岡村が本件各株式につきその株主となる時期は上場よりも前であり、その際の株式の価格は公開価格であるとして、種々詳論するのである。

そこで、判断すると、原判示罪となるべき事実第一の一、二ならびに争点に対する判断第一、第二を総合すれば、原判決は、被告人岡村が殖産住宅あるいは日電硝子の株式を現実に取得しその株主となるのは各株式の新規上場時であるとみていることが明らかである。しかし、株式の新規上場ということと公開株式の代金払込人がいつ株主になるのかということとは別個の問題とみるべきであり、右後者の問題については、公募公開をした殖産住宅の場合と売出公開をした日電硝子の場合とを区別して検討すべきものであるから、原判決の前記認定ないし判断は直ちに相当であるということはできない。被告人岡村がいつ株主になるかという問題についての当裁判所の判断は、前記二の5ならびに9において述べたとおりであり、殖産住宅の場合は株券交付日に、日電硝子の場合は株券受渡期日に、それぞれ幹事証券会社あるいは日本電気から被告人岡村に株主たる地位が移転するものと解されるのである。同被告人は右株券交付日あるいは株券受渡期日の午前零時に各社の株主になるものとみるべきであろう。ところで、殖産住宅の場合の株券交付日は同社の株式の上場日と同じ昭和四七年一〇月二日であり、日電硝子の場合の株券受渡期日も同社の株式の上場日と同じ昭和四八年四月二三日であつた。従つて、原判決のいう「上場の際」とは、上場日の午前零時をいうのか、同日における株式の市場取引の開始時をいうのか、あるいは各株式の上場始値が形成された時をいうのか、その時点が明確ではないけれども、年月日に関するかぎり、株主となる時期についての原判決の結論は相当というべきである。

右のとおりであるから、被告人岡村が株主となる時期についての原判決の認定に、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるということはできず、論旨は理由がない。

四  被告人岡村に関する控訴趣意第四点について

所論は、原判決は、被告人岡村が本件各公開株式を各公開会社から公開にあたつて提出された有価証券届出書等について「適切かつ順調に審査を進めたことに対する謝礼の趣旨」で、公開価格により取得したものと認定しているが、右は事実誤認であるとし、本件各公開株式の割当につき、各公開会社側の被告人らには、岡村から特段に好意的な取計らいをうけたとの意識もなければ、岡村に対し特段に謝礼をしなければならないとの意識もなかつたのであり、被告人岡村においても、前記届出書等の審査につき特段に好意的な取計らいをしたこともなければ、その審査に対し謝礼をうける意識もなかつたのであつて、本件各公開株式の割当、引受は、被告人岡村の職務に関する対価的な利益の給付、収受にあたらないとするのである。

そこで、検討すると、被告人岡村が殖産住宅あるいは日電硝子の関係につき収受した賄賂がどのようなものであるかは、前記二の5、9において述べたとおりであり、その点に関する原判決の認定が誤りであることも二の6、10において述べたとおりであるが、右賄賂が被告人岡村の職務に関連して授受されたものであることは、原判決が争点に対する判断の第三において説示しているとおりであると認められ、右賄賂が被告人岡村の職務行為に対する対価、報酬としての性質を有するものであることも明らかというべきである。すなわち、先ず、殖産住宅の関係についていえば、二の4において認定したように、殖産住宅の加藤、澁谷らは、岡村から新株を分けてほしいとの要請をうけたことにより、同人からは有価証券届出書の提出、審査などの関係で種々指導、助言をうけており、それらの手続関係がまだ終了していないうえ(岡村から右の要請をうけた八月下旬ころの時点において、有価証券届出書の提出、審査は済んでいたものの、公開価格の決定に伴う訂正有価証券届出書の提出、審査、届出の効力発生通知書の授受などの手続は残つていた。)今後の増資の際にも同様に指導、助言をうけたいことなどを考慮し、岡村に対し親引株の割当をすることにしたものであつて、右親引株の割当は岡村の職務行為に対する謝礼、報酬の提供の趣旨でなされたものであることが明らかである。そして、被告人岡村においても、右殖産住宅からの親引株割当が自己の職務行為に対する謝礼、報酬の提供の趣旨でなされるものであることを認識しながら、その割当に応じて発行価格による代金払込をしたものであることが、同被告人の検察官に対する各供述調書等によつて明らかに認められるのであり、以上の諸点からすれば、殖産住宅の関係における親引株割当代金払込が、被告人岡村の職務行為に対する対価的な利益の給付、収受にあたるものとみるべきことは明らかといわなければならない。また、日電硝子の関係については、二の8において認定したように、被告人澤は、岡村から公開株式を分けてほしいとの要請をうけたことにより、岡村には有価証券届出書の提出、審査などの関係で種々指導、助言をうけており、それらの手続関係がまだ終了していないうえ(岡村からの右の要請をうけた二月二日ころの時点においては、有価証券届出書の草案を岡村に見てもらつただけであり、その正式提出、審査はまだされていなかつた。)、今後の増資の際にも同様に指導、助言をうけたいことなどを考慮し、坂本や桐沢に指示して岡村に対し親引株の割当をすることにしたものであつて、右親引株の割当は、岡村の職務行為に対する謝礼報酬の提供の趣旨でなされたものであることが明らかである。そして、被告人岡村においても、右日電硝子からの親引株割当が自己の職務行為に対する謝礼、報酬の提供の趣旨でなされるものであることを認識しながら、その割当に応じて売出価格による代金の払込をしたものであることが、(証拠略)によつて明らかに認められるのであり、以上の諸点からすれば、日電硝子の関係における親引株割当、代金払込もまた、被告人岡村の職務行為に対する対価的な利益の給付、収受にあたるものとみるべきことは明らかといわなければならない。

右のとおりであるから、被告人岡村の収受した賄賂が同被告人の職務行為に対する対価、報酬にあたるものであるとするかぎりにおいて、原判決の事実認定に誤りはないというべきであつて、論旨は理由がない。

五  被告人岡村に関する控訴趣意第五点について

所論は、被告人岡村に対する本件公訴事実と原判示罪となるべき事実との間には、被告人岡村が株主となる時期、同被告人が収受した賄賂の内容などの点につき大きな差異があり、原判示のような罪となるべき事実を認定するについては訴因変更の手続を必要とするものというべきであつて、訴因変更の手続をとらずに訴因を逸脱する事実認定をした原判決には、訴訟手続の法令違反あるいは審判の請求をうけない事件について判決をした違法がある、というのである。

しかしながら、控訴趣意第一点に対する判断として一において述べたとおり、被告人岡村に対する訴因事実と原判決の認定事実との間に格別大きな差異はなく(訴因においては、岡村が株主となる時期について特に言及されていないものとみるべきである。)、原判決が訴因変更の手続をとらずに事実認定をしたことにより、被告人岡村の防禦に実質的な不利益を与えたものということもできないから、原判決に所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

六  被告人岡村に関する控訴趣意第六点について

所論は、原判決の量刑不当をいうものであるが、既に述べたとおり、控訴趣意第二点の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないのであつて、被告人岡村に対する量刑についての当裁判所の判断は、後記自判の際に示すことになるから、ここでは所論に対する判断を省略することにする。

七  被告人高田に関する控訴趣意第一点および第二点について

所論は、被告人高田に対する起訴状記載の犯罪事実と原判決が同被告人について認定した罪となるべき事実とは、既遂の時期ならびに賄賂罪の客体の点において全く異なつており、原判決が訴因変更手続をとらないまま右のように起訴状記載の犯罪事実と異なる事実を認定したのは、被告人の防禦権を著しく害するものであり、右は刑訴法三七八条三号に該当し、そうでないとしても訴訟手続の法令違反にあたる、というのである。

そこで、被告人高田に対する本件起訴状に記載された公訴事実(第一の一ないし三)と原判決が同被告人について認定した罪となるべき事実(第二の一ないし三)とを対比させてみると、同被告人が合計八回にわたり自己の職務に関して賄賂を収受したという基本的事実においては同一であり、その賄賂提供の相手方、提供された株式の種類、数量、発行価格、利益の供与をうけた日時、場所等もすべて同じであつて、賄賂収受の趣旨についても格別大きな差異はなく、ただ、供与された利益につき、公訴事実においては、各会社の株式をその発行価格で取得する利益であるとされているのに対し、原判決は、各会社の株式の上場始値と発行価格との差額相当の利益であるとしている点において差異がみられるだけにすぎない。そして、右供与された利益の点においても、公訴事実において取得利益として表示されている金額と、原判決が差額相当の利益として認定している金額とは一致しているのであつて、原判決は公訴事実に表示された取得利益の算定理由を明らかにしたものとみることもできるのである。そして、右のような利益の金額については、原審において被告人高田の弁護人や他の弁護人らから公訴事実に対する釈明が求められ、検察官からその点に関する釈明がなされ(被告人岡村の控訴趣意第一点に対する判断において述べたとおりである。)、検察官の論告や弁護人らの最終弁論においてもそれぞれの立場から見解が表明されていることが記録上明らかなところである。

以上の諸点からすれば、被告人高田に対する公訴事実と原判決の認定事実との間に格別大きな差異はなく、原判決が訴因変更手続をとらないまま前記のような事実認定をしたことにより同被告人の防禦に実質的な不利益を与えたものということもできないから、原判決には刑法三七八条三号に該当する違法がなく、訴訟手続の法令違反もないというべきであり、論旨は理由がない。

八  被告人高田に関する控訴趣意第三点について

1  所論は、原判決は、罪となるべき事実第二の一ないし三において、被告人高田が、各会社の株式につき、その代金を交付した際にその上場始値と発行価格との差額相当の利益を取得する地位に立ち、その後上場日に右差額相当の利益を取得した旨認定し、争点に対する判断第二の一において、本件賄賂の収受の実行行為と結果発生との間には時間的離隔がある旨説示しており、本件犯行を結果犯としているのであるが、右は法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、本件においては、被告人高田が株式の代金を支払い株主としての地位を取得した時点で犯行が既遂となるのであり、没収に代えて追徴すべき賄賂の価額算定の基準時も右既遂の時とみるべきであるところ、右時点においては上場の際における価格を予測することが不可能であつたのであるから、前記の認定、説示に基づき上場始値と発行価格との差額を追徴額とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

2  そこで、判断すると、原判決が所論のような事実認定をし、争点に対する判断の第二の一において本件の贈収賄が結果犯に類するもののように説明していることは明らかである。

3  原判決の右認定、判断の当否を検討するため、被告人高田の本件各収賄の犯行につき、基本的な事実関係をみると、関係各証拠によれば、以下のような諸事実が明らかに認められる。

すなわち、先ず、殖産住宅の関係について、(イ)さきに二の4の(イ)において認定したとおり、殖産住宅においては、昭和四七年初めころから同社の株式の新規上場について準備を進め、その作業のためのプロジエクトチームを作り、被告人澁谷が同チームを統括し、被告人榎本は東証への上場申請関係や増資新株の割当関係などの事務の責任者となつていたこと、(ロ)右澁谷、榎本らは、同年五月ころ東証に挨拶に赴き、その後同年六月一六日ころ東証に対し上場申請書を提出したのであるが、東証の側においては、被告人高田が上場部次長として上場審査関係を担当しており、その下において同部上場審査課(課長芳野光男)の職員が上場申請に関する審査事務を担当していたのであり(新規上場の申請とその審査については前記二の3参照)、右殖産住宅からの上場申請に対しては、同課の課長代理大川博嗣、課員堀内千冬の両名が主として審査事務を担当していたこと、(ハ)右大川、堀内らは、殖産住宅からの上場申請につき、東証の定める上場審査基準に基づいて審査を進め、提出された書類を検討したり、殖産住宅側の者(被告人加藤や片山力ら)に質問するなどし、同年八月二一日には被告人高田、大川、堀内の三名が殖産住宅の本社に赴いて実地調査を行ない、以上のような審査を経て、同年八月二五日東証の役員会において殖産住宅の株式上場の承認が決定され、そのころ東証から大蔵大臣に対し右上場の承認申請がなされたこと、(ニ)新規上場に伴う殖産住宅の新株発行、株式公開の状況は、二の3において述べたとおりであり、同社の増資新株九四〇万株を野村ら三証券会社が買取引受したうえ、一般に売出したのであるが、右のうち約五九〇万株については殖産住宅による親引株割当の対象とされたこと、(ホ)被告人榎本は、前記のようにプロジエクトチームの一員として親引株割当の事務を担当し、社内の各部課からの割当希望をまとめ、東郷社長や被告人澁谷らと協議して右の希望につき取捨選択をし、会社としての親引株割当案を作成していたものであるが、同年九月中旬ころ、上場審査の関係で種々世話になつていることの謝礼として被告人高田に対し親引株を提供しようと考え、被告人澁谷にその旨を話したところ、同被告人もそれに賛成し、被告人西端が以前から高田と知合いであるから西端に高田との交渉を担当させればよい旨指示したこと、(ヘ)そこで、そのころ、被告人榎本から被告人西端(当時殖産住宅の取締役兼社長室長であつた。)に対し、被告人高田に増資新株を五〇〇〇株引受けて貰えるように話してほしいと依頼し、これを了承した被告人西端は、そのころ、東証付近の喫茶店「やまと」において被告人高田に対し、「お蔭様で上場できるようになりました。つきましては新株を五〇〇〇株割当てたいのですが、引受けて頂けませんか。」と話したこと、(ト)右の話をうけた被告人高田は、上場後の値上がりが予想される殖産住宅の新株を発行価格で取得することは利益につながることであり、上場審査を担当した自己の立場上許されないことであるとは考えたが、結局西端の申出をうけることにし、西端から話をうけた日の二、三日後同人に電話で「先日の件はお受けします。小林犖の名義でお願いします。」と返事をしたうえ、同年九月二〇日ころ、前記喫茶店において西端に対し五〇〇〇株の発行価格による代金六二五万円を現金と小切手二通で渡したこと、(チ)被告人西端は高田から受取つた右の六二五万円をそのころ被告人榎本に渡し、同被告人は右の金を親引株関係の代金払込に充て、その後、同年一〇月五日ころ殖産住宅の五〇〇〇株分の株券が野村証券から、被告人榎本、同西端を順次介して被告人高田に渡され、同被告人は現在まで右株式を保有していること、(リ)さきに二の4(リ)において認定したとおり殖産住宅の株式は同年一〇月二日東証第二部に上場され、同日における同株式の上場始値は一株二五八〇円(安値も同じ)、高値は二六九〇円、終値は二六八〇円であつたこと、以上のような諸事実が明らかに認められるのである。

次に、ミサワホーム株式会社(以下ミサワホームという。)の関係について、(ヌ)ミサワホームにおいては、昭和四六年春ころから同社の株式を東証第二部に新規上場させるべくその申請の準備を進め、同社の取締役兼財務部長高野哲夫、秘書室長兼管理部長泉安治らが主として右準備作業にあたり、同人らは同年七月初めころ東証に挨拶を兼ねて相談に赴き、同年七月二二日東証に対し上場申請書を提出したこと、(ル)右ミサワホームからの上場申請につき、東証においては、当時上場部次長兼上場審査課長であつた被告人高田の下で、同課第二係長太田睦、同課員佐藤達次郎らが主として審査事務を担当したのであり、右太田らが提出された書類を検討したりミサワホーム側の者に質問をするなどしたうえ、同年九月上旬ころ、被告人高田、太田、佐藤の三名が東京都新宿区にあるミサワホームの本社ならびに長野県松本市にある同社の関係工場に赴いて実地調査を行ない、以上のような審査を経て、同年九月二三日東証の役員会においてミサワホームの株式上場の承認が決定され、そのころ東証から大蔵大臣に対し右上場承認の申請がなされたこと、(ヲ)新規上場に伴うミサワホームの株式公開については、増資新株二〇〇万株の公募公開と野村証券その他が所有する既発行株式一五〇万株の売出公開との両者が同時に平行して行なわれ、それらの売出については、野村証券が主幹事会社、大阪屋、日本勧業角丸、丸万の三証券会社が副幹事会社となり、右四社が前記二〇〇万株を買取引受し、その代金払込期日は上場日の前日である昭和四六年一〇月三一日とされ、一般への売出期間は同年一〇月二一日から二五日まで、新株の株券交付日ならびに既発行株式の株券受渡日はいずれも上場日と同じ同年一一月一日とそれぞれ定められていたこと、なお、同年一〇月一一日ころ右の各株式の公開価格が一株四八〇円と定められたこと、(ワ)同年一〇月中旬ころ、前記高野は、被告人高田に対し、上場審査の関係で世話になつた謝礼として前記増資新株の一部を親引株の割当により提供しようと考え、前記泉やミサワホームの社長、常務らの了承を得たうえ、そのころ被告人高田に電話で「上場審査ではお世話になり有難うございました。発行価格が四八〇円に決まりましたので一〇〇〇株引受けて頂きたいと思いますがいかがですか。」と話したこと、(カ)右の話をうけた被告人高田は、上場後の値上がりにより利益が得られる新株の割当をするのは上場審査に対する謝礼の趣旨であるから、これをうけることは良くないと考えたものの、その後も手紙や電話で高野から勧められたため、妻多基子の名義で右一〇〇〇株を引受けることにし、一〇月一八日ころ、前記ミサワホームの本社に赴いて一〇〇〇株の代金四八万円を前記高野か泉に渡し、同月二五日ころミサワホームの社員により右四八万円が東海銀行日本橋支店にある野村証券の預金口座に振込まれたこと、その後同年一一月一日の上場日に一〇〇〇株の株券が野村証券から被告人高田の許に送られたこと、(ヨ)ミサワホームの株式は、右一一月一日東証の第二部に上場されたが、同日における右株式の上場始値は八〇〇円であり、高値は八一〇円、安値は七六〇円、終値は七六五円であつたこと、(タ)被告人高田は、その後昭和四七年九月一六日に右一〇〇〇株を一株二三五〇円で売却し、総額で一八五万円余りの利益を得たこと、以上のような諸事実が明らかに認められる。

さらに、原判示罪となるべき事実第二の三の関係について、(レ)コクヨ株式会社(以下コクヨという。)は昭和四六年一月一一日東証に対し株式の新規上場申請をしたものであり(大証に対しても同時申請をした。)、被告人高田は当時東証の証券部証券審査課長として課員の太田や石原らと共に右申請につき審査手続を進め、同月二九日東証の役員会において右コクヨの上場が承認されたこと、コクヨの株式公開については、増資新株五〇五万六〇〇〇株の発行による公募公開と既発行株一〇〇万株の売出による売出公開との両者が平行して行なわれ、それらの売出について大和証券が主幹事会社、新日本と野村が副幹事会社となり、右各社が前記新株の買取引受ならびに既発行株の残株引受をしていたこと、右大和証券においては、株式引受部株式引受課長山本雄一、同課長代理木下誠男らがコクヨの上場申請、株式売出事務を担当し、コクヨの事務担当者と共に東証に出入りして高田らと接触し時には高田から指導をうけたりしていたのであるが、同年二月二〇日ころ、右木下は、東証において被告人高田に対し、「上場審査ではお世話になり有難うございました。つきましてはコクヨの新株一〇〇〇株を引受けて頂けますか。」と話したこと、これに対し、被告人高田は、上場の際の値上がりにより利益の得られる株式を上場審査の謝礼として受取るのは良くないことと考えたものの、木下の強い勧めに従い、右の話をうけてから一、二日後に木下に対し、義姉である小林あや子の名義で一〇〇〇株引受ける旨返事し、そのころ妻多基子に命じ東京都練馬区に所在する大和証券練馬支店において右一〇〇〇株の発行価格(一株四三〇円)による代金四三万円を支払わせたこと、前記増資新株の代金払込期日は同年二月二八日、株券交付日は上場日と同じ三月一日であり、右上場日におけるコクヨの株式の上場始値は一株七二〇円(安値も同じ)、高値は七六〇円、終値は七五〇円であつたこと、被告人高田は、同月九日ころ妻多基子を介して前記練馬支店から前記一〇〇〇株の株券を受領し、その後同年四月一一日右株式を一株一二三〇円で売却し、七九万円余りの利益を得たこと、(ソ)ナシヨナル住宅建材株式会社(以下ナシヨナル住宅という。)は昭和四六年七月二五日東証に新規上場の申請をした(大証にも同時に申請をした。)ものであり、被告人高田は東証の上場部次長兼上場審査課長として課員の太田や小林らと共に右申請につき審査手続を進め、大阪府にあるナシヨナル住宅の本社や滋賀県にある同社の工場にも実地調査に赴いたりしたのであつて、同年八月二五日ころ東証の役員会で右会社の株式上場を承認する旨の決定がなされたこと、ナシヨナル住宅の株式公開については増資新株の一〇〇〇万株のうち五〇〇万株が公募公開にあてられることになり、その売出につき山一証券が主幹事、野村、大和、日興、ナシヨナル、新日本の各証券会社が副幹事となり、右公募株式の買取引受をしていたこと、右山一証券の株式引受部株式引受課長代理をしていた長谷川隆は、ナシヨナル住宅の上場申請や株式売出の事務を担当し、ナシヨナル住宅の事務担当者と共に東証に出入りして被告人高田らと接触し時には同被告人から指導、助言をうけるなどしていたものであるが、同年九月二三日ころ、被告人高田に対し、「ナシヨナル住宅の審査ではお世話になり有難うございました。漸く上場できるようになりましたので一〇〇〇株の割当をしたいのですが、引受けて頂けませんでしようか。」と電話をしたこと、これをうけた被告人高田は、コクヨの場合と同様に、良くないことと考えたものの、結局右一〇〇〇株を義兄である小林犖の名義で引受ける旨返事し、そのころ右株式の発行価格(一株三六〇円)による代金三六万円を山一証券に払い込んだこと、前記増資新株の払込期日は同年九月三〇日であり、翌一〇月一日が上場日であると共に株券交付日となつていたが、右上場日には右株式の値がつかず、一〇月四日になつて寄付き、同日における上場始値は一株七三五円、高値七四九円安値七二〇円、終値七三〇円であつたこと、被告人高田は右の一〇〇〇株を一〇月四日に一株七三五円で売却し、約三七万円の利益を得たこと、(ツ)昭和化学工業株式会社(以下昭和化学という。)は昭和四六年七月二〇日東証に新規上場の申請をしたものであり、東証においては上場部次長兼上場審査課長である被告人高田のほか同課員の小林、堀内らが右申請についての審査を進め、同年九月三〇日の役員会で上場承認を決定したこと、昭和化学の株式公開については、増資新株一二〇万株を公募公開することにし、新日本証券が幹事会社となつて右新株の買取引受をしていたこと、右新日本の引受部の課長元岡達治は、引受部長横道唯人と共に右昭和化学の上場申請、株式公開の事務を担当し、昭和化学の事務担当者と共に東証に出入りして被告人高田や前記小林、堀内らと接触し、助言、指導をうけたりしていたものであるが、同年一一月九日ごろ、横道の了解を得たうえで、被告人高田に対し、「昭和化学の上場審査ではお世話になりました。公募株を一〇〇〇株用意していますので引受けて頂けませんか。」と電話したこと、これに対し、被告人高田は、コクヨやナシヨナル住宅の場合と同様に、立場上良くないこととは思つたものの、結局一〇〇〇株を知人である佐伯久吉の名義で引受けることにし、そのころ右一〇〇〇株の発行価格(一株一六五円)による代金一六万五〇〇〇円を富士銀行兜町支店にある新日本証券の預金口座に払込んだこと、前記増資新株の代金払込期日は同年一一月一四日であり、翌一五日が上場日であると共に株券交付日となつていて、右上場日における昭和化学の株式始値は一株二九五円、高値三〇〇円、安値、終値は共に二九〇円であつたこと、被告人高田は、その後昭和四七年一月一三日右一〇〇〇株を一株四二〇円で売却し、結局二五万円余りの利益を得たこと、(ネ)株式会社オオバ(以下オオバという。)は昭和四七年二月二七日東証に新規上場の申請をしたものであり、東証においては、当時上場部次長に専任となつていた被告人高田のほか上場審査課員の小林、松本らが右申請についての審査を担当し、右三名で目黒区青葉台にあるオオバの本社や町田市の宅地造成現場に実地調査に赴いたりしたうえ、同年四月二六日の役員会で上場承認が決定されたこと、右オオバの株式公開については、増資新株二〇〇万株を公募公開することにし、その売出につき山一証券が主幹事、日本勧業角丸証券が副幹事となつて買取引受をしていたこと、右山一証券の株式引受部次長兼株式引受課長の水野貞雄は、同課員の五月女らと共にオオバの上場申請、株式売出の事務を担当し、オオバの事務担当者と共に東証に出入りして被告人高田らとも接触していたものであるが、同年五月中旬ころ、被告人高田に対し電話で、「オオバの上場審査のことではお世話になり有難うございました。つきましては、オオバの新株一〇〇〇株をお買い頂けませんか。」と話したこと、これに対し、被告人高田は、これまでの各社の新株の場合と同様に、良くないこととは考えたものの、結局、前記佐伯久吉の名義で一〇〇〇株を引受けることにし、同月二三日ころ一〇〇〇株の発行価格(一株二六〇円)による代金二六万円を山一証券に払込んだこと、前記増資新株の代金払込期日は同年五月三一日、株券交付日は上場日と同じ六月一日であり、右上場日にはオオバの株式の値がつかず、六月三日になつてはじめて寄付き、同日における上場始値は六九〇円、高値六九五円、安値六七〇円、終値六七五円であつたこと、被告人高田は、右一〇〇〇株を六月三日に一株六七九円で売却し、四一万円余りの利益を得たこと、(ナ)殖産住宅の新規上場ならびに株式公開の状況は二の3、4において認定したとおりであるが、新日本証券の引受部の課長であつた元岡達治は、平素から上場申請やその審査について助言、指導をうけていることの謝礼ならびにこれからも上場申請などにつき同様の取計らいをうけたいとの趣旨で、前記横道部長の了解を得たうえ、被告人高田に対し、昭和四七年九月一八日ころ、「いつも上場審査ではお世話になつております。殖産住宅の公募株を一〇〇〇株割当したいと思いますが、引受けてくれませんか。」との電話をしたこと、これに対し、被告人高田は、他の会社の場合と同様に、立場上受けては良くないと思つたものの、結局前記小林犖の名義で一〇〇〇株を引受けることにし、同月二〇日ころ右一〇〇〇株の発行価格による代金一二五万円を富士銀行兜町支店にある新日本証券の預金口座に振込んだこと、被告人高田は右一〇〇〇株の株券を新日本証券に預けたままにしていること、(ラ)旭ダイヤモンド工業株式会社(以下旭ダイヤモンドという。)は昭和四七年六月二九日東証に新規上場の申請をしたものであり、東証においては、上場部次長である被告人高田の下に同部上場審査課長の芳野光男、同課員の小林、内田らが右申請についての審査事務を担当し、同年九月五日の役員会において上場承認の決定がなされたこと、右旭ダイヤモンドの株式公開については、増資新株を公募公開することになり、日興証券が幹事会社として右二〇〇万株を買取引受していたこと、右日興証券の証券引受課長をしていた金井哲夫は、同年九月二五日ころ、被告人高田に対し、「旭ダイヤモンドの審査ではお世話になり有難うございました。いよいよ新株の募集になりましたが、希望がおありなら一〇〇〇株割当したいと思いますがいかがですか。」と電話したこと、これに対し、被告人高田は、他の会社の場合と同様に、職務に関係した利益をうけるのは良くないことと考えたものの、結局、別人の名義で引受ける旨返答し、同月二八日ころ日興証券兜町支店において右一〇〇〇株の発行価格(一株四七〇円)による代金四七万円を同証券の社員に交付したこと、前記増資新株の代金払込期日は同年九月三〇日、株券交付日は一〇月二日であり、同月九日の上場日における旭ダイヤモンドの株式の上場始値は一株八二〇円(安値も同じ)、高値八八〇円、終値八六五円であつたこと、被告人高田は右一〇〇〇株の株券を日興に預けたままにしておき、同年一一月一三日ころ一株一一八〇円で売却し、七〇万円余りの利益を得たこと、以上のような諸事実が認められるのである。

そのほか、各犯行に共通なことがらとして、(ム)被告人高田が取得した殖産住宅、ミサワホーム、コクヨその他の各会社の新株は、いずれも優良株とみられ、上場直後の取引価格が公開価格(発行価格)を上回ることは確実と考えられていたのであつて、右各会社や証券会社と特別の関係がない一般人が上場前に右株式を公開価格で取得するのは困難であつたこと(二の4の(ル)、(ヲ)において述べたのと同様である。)も証拠上明らかに認められるのである。

4  以上のような事実関係によつて考えると、被告人高田は、殖産住宅ほか六社の役員あるいはこれらの会社の新規上場、株式公開に関与した幹事証券会社の社員から、右殖産住宅ほか六社の株式の新規上場直前に各公開株式の割当をうけ、これに応じて公開価格による代金の払込をしたものであり、右は同被告人の職務に関する不法な利益の授受にあたるものというべきであつて、同被告人について証券取引法二〇三条一項に定める賄賂収受の罪が成立することは明らかであるといわなければならない。

そして、被告人高田が収受した賄賂は、殖産住宅ほか六社の新株について株券交付日にその株主となるべき地位であり、右地位は右株式の上場直後における値上がりにより、その上昇した価格と公開価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとみることができる。すなわち、被告人高田が割当をうけた各社の新株は、いずれも幹事証券会社が一括して買取引受をした株式の一部であり、右株式については、代金払込期日の翌日に右証券会社が原始株主となるものというべきである(商法二八〇条の九第一項)が、前記のように高田が公開価格による代金を払込んだことにより、その効果として、右証券会社の株主たる地位は株券交付日に当然に被告人高田に移転し、以後証券会社は同被告人のために株券を代理占有することになるものと解されるのである(これらの点は二の5で述べたところと同様である。)。このようにして、被告人高田は、前記の役員、社員らから各社の新株の割当をうけその代金を払込むことにより、株券交付日にその株主となるべき地位を取得したものであり、右新株の上場直後における取引価格が発行価格を上回ることは確実とみられていたのであるから、右株主となるべき地位は、上場直後の上昇した価格で株式を売却処分することによりその価格と発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとみることができるのである。

5  原判決は、前記のとおり、被告人高田が、各会社の公開株式につき、その代金を交付した時にその上場始値と発行価格との差額相当の利益の供与をうけたものと認定しているのであるが、上場始値に特別の意義を認めるべき理由は見出し難く、原判決の認定を首肯することはできない。その点は、被告人岡村の控訴趣意について二の6で述べたところと同様であるが、被告人高田の取得した各株式についても、上場日における上場始値、高値、安値、終値が異なつており、その後における株価も変動しているのであつて、これらのうち上場始値だけが本来の取引価格であるとみるべき理由はない。また、被告人高田は、取得した株式につき、上場始値で売却したこともあるが、上場後しばらく経過してから売却した場合が多く、処分せずに保有しているものもあるのであつて、これらのすべてについて上場始値により処分しその価格と公開価格との差益を得ようとしたものとは決して認められず、前記の役員、社員らの贈賄者側においても、高田が各株式をどの時期にどのように処分するかについては別段考えていなかつたものと認められるのであるから、当事者間において上場始値と公開価格との差益の授受が意図されていたものということはできない。原判決は、争点に対する判断の第二において、本件における賄賂の授受行為の際には、上場始値と公開価格との差益は存在していないが、上場始値が形成された時点において右差益が発生し、これを収賄者が取得することになるものと説示している。しかし、証券取引法二〇三条一項に定める賄賂の「収受」も、刑法一九七条一項にいう収受と同様に、職務に関する不法の利益を現実に受取ることを意味するものと解されるから、原判決の右説示は矛盾を含むものであり、証券取引法の右条項の解釈適用を誤つたものというべきである。本件各株式の割当、代金払込の時点において、原判決のいう差益の移転が完全に可能であつたとみることもできない。被告人高田が各株式の割当に応じて代金払込をしたことが、本件における賄賂収受行為にあたることは前述のとおりであるが、その際、賄賂にあたる不法の利益は現に存在していたのであり、その内容は前記のように各新株についてその株主となるべき地位であつたとみるべきである。そして、右賄賂の収受がなされた以上、収賄の犯行は既遂に達したものというべきであり、原判決のように、その後の上場や上場始値の形成を因果関係の進行や結果の発生とみる必要はない。また、賄賂の没収に代えてその価額を追徴すべき場合、賄賂の授受当時の価額を追徴額とすべきである(最高裁判所大法廷昭和四三年九月二五日判決・刑事二二巻九号八七一頁参照)から、原判決が被告人高田につき、収受の結果発生当時の価額として前記差益にあたる金額を追徴すべきものとしている点も相当ではなく、証券取引法二〇三条二項の解釈適用を誤つたものというべきである(なお、本件において被告人高田から追徴すべき賄賂の価額については、後記自判の際説示することにする。)。

6  右のとおりであるから、被告人高田が、各会社の株式につき、その上場始値と公開価格との差額に相当する利益の供与をうけたものと認定し、その差額相当の金額を同被告人から追徴すべきものとした原判決は、事実を誤認したものであると同時に、証券取引法二〇三条一、二項の解釈適用を誤つたものであり、それらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから、被告人高田に関する控訴趣意第三点の論旨は理由があり、同被告人に対する原判決は破棄を免れない。

九  被告人高田に関する控訴趣意第四点について

所論は、本件における株式の割当や買受は、昭和三六年以前から証券業界において、いわゆる御祝儀株として儀礼的、慣行的に行なわれて来たものであり、社会通念上違法なものとはいえず、当事者においても犯意ないし違法性の認識がなかつたのであつて、それにもかかわらず、被告人高田を有罪とした原判決は、慣行的社交儀礼の存否について十分な審理をせず、証拠の取捨選択を誤つた結果、事実を誤認したものであるから破棄を免れないというのである。

そこで、検討すると、本件におけるような東証の職員に対する公開株式の割当、代金払込が、証券業界において従来からある程度行なわれていたことは認められるにしても、それは少数、偶発的なものであり、非公然裡になされていたものであつて、決して一般的に公然と行なわれていたものでないことは、原判決が争点に対する判断の第六において説示しているとおりであるから、右割当、代金払込が違法性を欠く旨の所論は失当といわなければならない。また、被告人高田の犯意ないし違法性の認識についても、原判決が争点に対する判断の第七において、当事者の主張(四)、(五)に対し判断を加えているとおり、同被告人は、本件各株式の割当が自己の職務行為に対する反対給付であることを認識していたものであり、その割当をうけることの違法性についても認識していたものと認められるのである(前記三の3で認定した(イ)ないし(ラ)の各事実参照)。

従つて、所論の諸点に関するかぎり、原判決の事実認定に誤りはなく、論旨は理由がない。

一〇  被告人澁谷、同加藤、同西端、同榎本に関する控訴趣意第一について

所論は、先ず、原判決は、新規発行株式を公開価格で割当てるというなんら利益移転を伴わない行為を賄賂の供与にあたるとしたものであつて、右は刑罰法規の構成要件を著しく恣意的に拡張解釈したものといわざるを得ず、適正手続を定める憲法三一条の規定に違反するというのである。

しかしながら、本件におけるように、新規発行株式を上場前に公開価格で割当てる行為が利益の提供にあたることは、右株式の割当をうけた被告人岡村がその株式を上場直後に売却して多額の利益を得た事実だけからしても明らかというべきであるから、所論違憲の主張は明らかに前提を欠くものであつて、失当といわなければならない。

次に、所論は、原判決には憲法一四条一項の解釈適用の誤りがあるとし、証券取引所職員や大蔵省職員に対する親引株の割当は、いわゆる御祝儀株の割当として証券会社職員らにより広く行なわれて来ているものであり、また、殖産住宅における親引株の割当に関しては、東郷民安社長に最高の責任と権限があつたのであつて、それにもかかわらず、証券会社職員らも東郷社長も起訴されることなく、被告人澁谷らだけが起訴され、処罰されるのは、憲法一四条一項に違反するものであり、本件公訴の提起は訴追裁量を著しく逸脱したものであるから、本件は刑訴法三三八条四号により公訴棄却されるべきである、というのである。

そこで、判断すると、所論のような御祝儀株の割当が広く慣行的に行なわれていたものとは認められないことは、原判決が争点に対する判断第六、第七において説示しているとおりであり、一部の証券会社社員らが大蔵省や東証の職員に公開株式を割当てていたこと、ならびに、被告人岡村、同高田に対する本件賄賂の提供については殖産住宅の社長である東郷民安もこれを事前に了承していたことは、いずれも証拠上明らかであるけれども検察官が右証券会社の社員や東郷社長を起訴せず、被告人澁谷らだけを起訴したからといつて、それが検察官の有する訴追裁量権を著しく逸脱した措置であるとは決して認めることができない。証券会社の社員らの場合は、個別的にみると、割当てた株式の数量がそれほど多いものとはいえないし、東郷社長の場合は、本件とは別に多額の脱税事件について捜査が進められ、公訴提起もなされているのであつて、それとの関係上本件については起訴されなかつたものとも推察されるのである。そして、検察官の起訴に関する裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合があり得るとしても、それは公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるというべきである(最高裁判所第一小法廷昭和五五年一二月一七日決定・刑集三四巻七号六七二頁参照)から、被告人澁谷らに対する本件公訴の提起がその手続規定に違反し無効であるとは到底考えられない。従つて、原判決が被告人澁谷らに対する本件公訴を棄却しなかつたのは相当であり、その点につき憲法一四条一項の解釈適用を誤つたかどがあるということはできず、論旨は理由がない。

一一  被告人澁谷ら四名に関する控訴趣意第二について

所論は、先ず、本件親引株の割当は、慣行的社交儀礼としてなされたものであるのにかかわらず、原判決は、これを職務行為に対する対価的給付であり賄賂にあたるとしているのであるが、右は、公務員に対する贈物が慣交的社交儀礼の範囲を超えない場合は賄賂にあたらないとした最高裁判所第一小法廷昭和五〇年四月二四日判決(判例時報七七四号一二〇頁)に違反するというのである。

しかし、判例違反をいうだけでは適法な控訴理由となり得ないのであり、所論の実質は原判決の事実誤認ないし法令適用の誤りをいうものとみても、本件におけるような大蔵省や東証の職員に対する親引株の割当が慣行的社交儀礼として一般的に行なわれていたものといえないことは、原判決が争点に対する判断の第六、第七において説示しているとおりであつて、被告人澁谷らの本件親引株割当が賄賂の供与にあたるとした点については(賄賂の内容をどうみるかという点は別として)、原判決には事実誤認も法令適用の誤りもないというべきであるから、論旨は理由がない。次に、所論は、原判決は本件において賄賂の授受行為の際には賄賂の対象である「差益」が現存していないとしながら、賄賂供与、収受罪の成立を認めているのであるが、右は賄賂の授受行為の際に賄賂たる利益が現存していることが必要であるとする大審院昭和七年七月一日判決・刑集一一巻九九九頁、最高裁判所大法廷昭和四三年九月二五日判決・刑集二二巻九号八七一頁の各趣旨に違反するというのである。

単なる判例違反の主張が適法な控訴理由とならないことは前述のとおりであるから、所論の実質は原判決の事実誤認ないし法令適用の誤りをいうものであるとみて、判断を加えると、所論の点については、被告人岡村、同高田の各控訴趣意に対する判断において述べたとおり(前記二の6(D)、八の5)、刑法一九七条一項、一九八条、証券取引法二〇三条一、三項のいずれにおいても、賄賂の「収受」とは職務に関する不法の利益を現実に受取ることをいい、賄賂の「供与」とは右利益を現実に受取らせることをいうのであるから、原判決が罪となるべき事実において、被告人岡村、同高田が収受したのは、各株式の上場始値と公開価格との差額相当の利益であるとし、被告人澁谷らが供与したのも、右差額相当の利益であるとしながら、争点に対する判断の第二において、当事者間の授受行為の際には右差額相当の利益が現存していないことを認めているのは矛盾であるといわなければならず、原判決のような賄賂の授受行為と授受の結果発生との間に時間的離隔があるという考え方を肯定することはできない。また、被告人岡村、同高田の各控訴趣意に対する関係で既に認定した事実から明らかなように右被告人らにおいて、その取得した株式のうち上場始値で処分し得たのは極く一部であつて、右株式の処分については、売主、買主、介在する証券会社、証券市場の取引状況など多様な因子のからみ合いがあり、上場始値で処分することが常に当然に可能であるとは決して考えられないから、原判決のいう「差益」が授受行為の際に授受の対象となし得る程度に管理可能であつたとみることもできないというべきである。

従つて、前記の差額相当の利益が本件で授受された賄賂であるとした原判決は、事実を誤認し、同時に刑法や証券取引法の前記条項に定められた賄賂の「収受」「供与」に関する解釈適用を誤つたものというべきであつて、右の誤りは被告人澁谷ら四名が供与した賄賂の内容、その価額に影響を及ぼすものであり、ひいては右被告人らの罪責の評価にも影響するものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかといわざるを得ない。論旨は理由があり、被告人澁谷、同加藤、同西端、同榎本に対する原判決は破棄を免れない。

一二  被告人澁谷ら四名に関する控訴趣意第三について

所論は、被告人渋谷ら四名についての原判決の事実認定(罪となるべき事実第三、第四)には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとし、その具体的内容として、(一)原判決は本件贈収賄の客体である財産上の利益は各株式の上場始値と公開価格との差額であると認定しているが、被告人らの本件行為当時においては、殖産住宅の株式の上場始値が公開価格を相当程度上回るという客観的状況はなく、関係当事者にもそのような認識はなかつたこと、また、上場始値は一時的な人気によつて左右されるものであり、それがその株式の本来の価格であるということはできないこと、本件殖産住宅の株式上場当日には株券の受渡しができなかつたのであるから、上場当日の寄付で株式を売却することが不可能だつたのであり、上場始値と公開価格との差益を現実に享受したものとみるのは空論にすぎないこと、被告人らにおいて上場後の株価の値上がりを期待し願望していたとしても、確実に値上がりすると認識してはいなかつたことなどの諸点からすれば、原判決の前記認定は全く誤りであるといわなければならない。(二)原判決は、当事者間の授受行為時に利益が現存していなくとも、将来利益の発生することが確実であり、その利益の移転が確定的に可能であるようなときは、右授受行為を実行行為として解して差支えないとし、本件の差益も、授受行為が完了した時点においては現存していないが、時日の経過により上場始値が形成された時点で確実に発生するのであり、授受に関する行為と授受の結果発生とが相当因果関係を保ちつつ、時間的に離隔しているに過ぎない旨判示しているが、差益の発生が確実であるということはできないし、授受に関する行為と授受の結果発生とを別個に考察することは、構成要件の不当な歪曲であり恣意的な解釈というべきである。(三)原判決は、被告人渋谷ら四名の犯意を認めているが、同被告人らは、岡村ならびに高田に対し、親引株割当の慣例に従い、会社の方針に基づいて本件株式の割当をしたものであり、賄賂性の認識はなくまた、高田に関する割当が違法であり贈賄罪にあたるとは全く考えていなかつたのであつて、違法性の意識もその可能性もなかつたというべきである。以上のように種々詳論するのである。

そこで、検討すると、所論のうち(一)(二)の点が結論において理由ありと認められることは、既に一一の後段において述べたとおりである。上場始値に特別の意義を認め、これと公開価格との差額が本件において授受された利益であるとする原判決の見解は、くり返し述べたとおり、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、その誤りが被告人澁谷らについての判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり同被告人ら四名に対する原判決は破棄を免れない。

次に、所論の(三)について判断すると、本件におけるような大蔵省や東証の職員に対する親引株の割当が慣行的社交儀礼として一般的に行なわれていたものとはいえないこと、被告人澁谷ら四名には、それぞれ岡村あるいは高田に対し、同人らの職務行為に対する謝礼、対価として本件親引株の割当をするという認識があり、賄賂供与の犯意が十分に認められること、被告人澁谷、同西端、同榎本は、証券取引法二〇三条の規定自体は知らなかつたにしても、高田に対し親引株割当によつて利益を与えることが法律上許されないことを意識していたのであり、かりにその意識を欠いていたとしても、それにつき相当な理由があるとはいえないことなどの諸点は、原判決が争点に対する判断の第七において詳細に説示しているとおりであつて、当裁判所がさきに認定した事実関係(二の4の(ヘ)(ト)、四、八の3の(ホ)(ヘ))をも合わせて考えれば、被告人澁谷ら四名につきそれぞれ賄賂供与罪の犯意を肯定した点に関するかぎり、原判決の事実認定に誤りはなく、論旨は理由がない。

一三  被告人澁谷ら四名に関する控訴趣意第四について

所論は、本件における検察官の公訴権の行使は、合理的裁量の基準を超えたものであり、訴追裁量権の濫用にあたるとし、その具体的内容として、(一)被告人澁谷ら四名の岡村あるいは高田に対する本件贈賄については、殖産住宅の社長東郷民安がその最高責任者であり、被告人澁谷は東郷社長の承認を得てその指示のもとに親引株の割当をしただけであるのに、右東郷については訴追せず、被告人澁谷を最高責任者としてその他の被告人らと共に起訴した検察官の処理は、偏頗であり適正を欠くものというべきである。(二)また、検察官は、被告人高田に対して新株の割当をした日興、山一、新日本などの各証券会社の担当者について起訴猶予処分とし、たまたま新規上場に際し一回かぎりの本件行為に及んだ被告人澁谷らを体刑相当として公判請求したのであるが、これも首尾一貫しない偏頗な処理というべきである、というのである。

しかしながら、所論は、原判決のいかなる点を控訴理由として主張するのか不明確であり、原判決が本件公訴を棄却しなかつた点を違法、不当とするのであれば、既に一〇において控訴趣意第一点につき判断したとおり、原判決が本件公訴を棄却しなかつたのは相当であるから、原判決に違法、不当はなく、論旨は理由がない。

一四  被告人澁谷ら四名に関する控訴趣意第五について

1  所論は、被告人澁谷ら四名につき、各被告人ごとに原判決の事実誤認をいうものであり、先ず、被告人澁谷の関係において、殖産住宅の株式新規上場に際し、上場事務は東郷社長、被告人澁谷、同榎本の三名に一任されたことになつているが、実情は東郷社長が重要事項を単独で遂行したのであり、親引株の割当についても被告人澁谷はほとんどすべて東郷社長に報告しその指示をうけて行動していたのであつて、本件の割当も同社長の承認の決裁を得てなされたものであるのに、原判決が本件贈賄の最高責任者は被告人澁谷であると認定したのは事実誤認であること、本件株式の割当は岡村や高田の職務行為に対する謝礼ではなく、岡村に対する割当は同人から要求されてやむなく行なつたものであり、高田に対する割当も幹事証券会社の示唆により榎本が考え出したものであること、原判決が上場始値と公開価格との差額相当の利益を供与したとの認定をしたのは誤りであり、予測不能の上場始値を上場前の段階において現実の利益とみなすことは不合理であつて、本件株式を上場始値で売却することは、株券交付の関係上できなかつたことであるから、被告人澁谷らにおいても、岡村、高田においても、各株式を上場始値で売却することは考えていなかつたのであり、上場始値を利益算定の基準とした原判決は誤りであること、以上の諸点を主張するのである。

そこで、検討すると、原判決は、原判示第三、第四の各贈賄事実につき、被告人澁谷がその最高責任者であるとは認定していないのであり、右第三の岡村に対する一万株の割当については東郷社長の了解を得たことを明らかにしている(争点に対する判断の第五)のであつて、ただ、量刑事情の判断において、被告人澁谷は「殖産住宅内部において株式上場関係事務の責任者の地位にあつて本件各犯行を推進した」と判示しているだけなのである。被告人澁谷が殖産住宅において上場関係事務の責任者であつたことは、二の4(イ)で認定した事実から明らかであり、被告人澁谷の立場に関する原判決の事実認定に別段誤りはないものといわなければならない。次に、岡村や高田に対する本件親引株の割当が同人らの職務行為に対する謝礼であると認められることは、さきに二の4の(イ)ないし(ヘ)、四、八の3の(イ)ないし(ト)において認定しあるいは判断を示したとおりであり、岡村に対する割当が同人からの要請に基づいてなされたものであることや、高田に対する割当を被告人榎本がみずから発案したものか証券会社から示唆をうけて考えたのかどうかということなどは、前記親引株割当の謝礼たる性質を左右するものではないから、その謝礼たる性質を認めた原判決の事実認定に誤りはない。最後に、原判決が、被告人澁谷らは各株式の上場始値と公開価格との差額相当の利益を岡村や高田に供与したものと認定した点は、既に再三判断を示したとおり、事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りにあたるというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点に関するかぎり論旨は理由がある。

2  次に、所論は、被告人加藤の関係において、原判決の事実誤認をいうのであり、被告人加藤は、殖産住宅の株式上場、株式公開の準備作業のため、プロジエクトチームの一員となり、財務グループの責任者となつていたが、担当業務は事務的作業に限定されており、親引株の割当についての具体的決定にはなんら関与していなかつたこと、殖産住宅の有価証券届出書等の審査は順調に進んだが、これは同社における準備作業が万全であつたことによるものであり、岡村の寄与によるものではなく、被告人加藤には、岡村が「適切かつ順調に審査を進めた」との認識は全くなかつたこと、岡村に対する一万株の割当は、同人からの要求に基づき、東郷社長の決定によつて確定したものであり、被告人加藤は、単に岡村の申出を上司である澁谷に伝達し、東郷社長らによる割当決定を岡村に伝えただけであつて、割当決定後における岡村に対する払込手続の連絡、株券交付なども単に担当部門からの連絡を代行ないし取次いだにすぎず、被告人加藤には、賄賂の供与に該当する行為は一切なかつたというべきであること、被告人加藤には、原判示のような上場始値と発行価格との差額相当の利益を岡村に供与するとの認識がなく、殖産住宅の株式が上場後確実に値上がりするとの認識もなかつたのであり、岡村に対する本件親引株の割当が同被告人の職務行為に対して行なわれるものであることをも認識していなかつたこと、以上の諸点を種々主張し、これらの点についての原判決の事実認定は誤りであるとするのである。

そこで判断すると、被告人加藤の本件贈賄の犯行に関する基本的事実関係は、二の4において認定したとおりであり、同被告人が被告人澁谷と共謀のうえ、岡村に対し殖産住宅の増資新株一万株を割当て取得させたものと認められることは、原判決が争点に対する判断の第五において詳細に説示しているとおりであるから、被告人加藤について澁谷との共謀による賄賂供与の犯行を認めた点に関するかぎり、原判決の事実認定に誤りはないというべきである。ただ、その供与した賄賂の内容について、上場始値と公開価格との差額相当の利益であるとした原判決の認定は、再三述べたとおり誤りであつて、その誤りが被告人加藤に対する判決についても影響を及ぼすことは明らかであるから、同被告人に対する原判決は破棄を免れないことになる。なお、被告人澁谷、同加藤が岡村に供与した賄賂は、前述のとおり(二の5参照)、前記一万株についてその株主となるべき地位であり、右地位には右株式の上場後の値上がりによりその上昇した価格と発行価格との差額を取得し得る期待的利益が含まれていたとみられ、被告人加藤は、本件一万株の割当、岡村からの代金受領が、同人に対し右のような地位、利益を提供することになるとの認識を有しており、それが岡村の職務行為に対する謝礼、対価であることを認識し、殖産住宅の株式が上場後確実に値上がりすることをも認識していたと認められるのであつて、これらの点に関する原判決の認定、判断(争点に対する判断の第一の四、第三、第七)は、当裁判所の右認定に添うかぎりにおいて相当というべきである。被告人加藤の賄賂供与の犯意を肯定した点においては、原判決の事実認定に誤りはない。

3  さらに、所論は、被告人榎本の関係において、原判決の事実誤認をいうのであり、被告人榎本は殖産住宅の新規上場に際しプロジエクトチームの一員となつていたが、各種の事項につき実質的、最終的な決定権を有しておらず、会社首脳部の決定方針に従い事務的な作業を遂行しただけであること、被告人榎本らの高田に対する株式割当は、野村証券の河野正の助言に従い、上場の際の業界の慣例と考えて行なつたものであり、賄賂供与の犯意はなかつたこと、被告人榎本としては、高田一人に対してだけではなく、同人を含めた東証の役職員五名くらいに合計五〇〇〇株を割当てる意思だつたのであり、高田の職務行為に対して株式の割当をしたものではないこと、榎本の検察官に対する供述調書中の犯意を認める趣旨の供述記載は、検察官の一方的、独断的な見解を押しつけられた結果によるものであり、措信できないものであること、以上の諸点を種々主張し、被告人榎本につき贈賄の犯意を認めた原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討すると、被告人榎本の被告人高田に対する本件贈賄の犯行に関する基本的事実関係は、八の3の(イ)ないし(リ)において認定したとおりであり、右事実関係を基礎とし、関係各証拠を総合して考えれば、被告人榎本は、被告人澁谷、同西端らと共謀のうえ、被告人高田に対し、その職務行為に対する謝礼として殖産住宅の新株五〇〇〇株を発行価格で割当てたものであつて、その割当の際、右株式の価格が上場後に発行価格を相当程度上回ることを認識していたものと認められるから、原判決が、被告人榎本について賄賂供与罪の成立を認めたのは、その賄賂の内容の点はともかくとして、結論において相当であるといわなければならない。ただ原判決が、被告人澁谷、同西端、同榎本は、被告人高田に対し、「上場始値と発行価格との差額相当の利益を供与すべく」殖産住宅の新株五〇〇〇株を割当ててこれを引受けさせ、よつて右の差額五〇〇〇株分相当の利益を提供したものと認定している点は、くり返し述べたとおり、事実誤認というべきであつて、被告人榎本に対する原判決は破棄を免れないものというべきである。なお、所論のうち、高田に対する本件割当は野村証券の河野正の助言によるものであるとする点は、原判決が争点に対する判断の第七の二2において説示しているとおり、所論に添う被告人榎本、同澁谷の原審公判廷における各供述はにわかに信用することができず(当審公判廷における右被告人らの供述についても同じである。)、かりに右河野の助言があつたとしても、被告人榎本らの賄賂供与の犯意を否定すべき理由となるものではない。本件親引株の割当が慣行的儀礼としてなされたものといえないことは、既に一〇、一一において述べたとおりである。また、所論のうち、被告人榎本は、高田だけでなく合計五名くらいの者に五〇〇〇株を割当てる意思であつたとの点は、原判決が説示しているとおり、被告人榎本が真に右のような意思を有していたものとは認められないのみならず、かりに、同被告人が当初においては五名くらいの者に割当てることを考えていたとしても、結果的には高田一人に対する五〇〇〇株の割当をそのまま承認しているのであり、右の点は被告人榎本の犯意を阻却すべき理由となるものではない。被告人榎本の検察官に対する各供述調書につき、その任意性、信用性に疑いを抱くべき事由はなんら認めることができない。

4  所論は、被告人西端についても、原判決の事実誤認をいうのであり、被告人西端は、本件殖産住宅の上場手続にはなんら関与せず、たまたま被告人高田と知合いであつたことから、榎本の依頼のとおり高田に対し五〇〇〇株引受の用件を伝えただけであり、その立場は単なる使い走り、使者というだけにすぎないこと、被告人西端には、殖産住宅の上場始値が公開価格を確実に上回るとの認識がなく、本件の高田に対する株式割当が同人の職務に対する謝礼、対価であることの認識もなかつたこと、被告人西端の検察官に対する供述調書の記載は理詰めの押しつけ、追及によるものであり、信憑性がないこと、被告人西端には、高田に対し賄賂を供与することの犯意がなく、同人に対する株式割当が法律上許されないものであるとの認識もなかつたこと、以上の諸点を種々主張するのである。

そこで、検討すると、被告人西端の被告人高田に対する本件贈賄の犯行に関する基本的事実関係は、八の3の(イ)ないし(リ)において認定したとおりであり、右認定事実のほか、被告人西端は、原判示被告人らの経歴等記載のとおり、昭和四六年九月から殖産住宅の取締役兼役員室長の地位にあり、被告人高田とは、昭和四五年ころから同被告人の自宅建築のことで知合つており、同被告人が東証において上場審査の職務を担当しているのを知つていたこと、被告人西端は、殖産住宅の取締役として、同社の株式上場のことを知つており、その審査の関係で高田が殖産住宅の本社に実地調査に来たことも知つていたのであつて、被告人榎本から高田に対する五〇〇〇株割当のことを頼まれ、それが澁谷常務の指示によるものであるとも聞いたので、右割当が高田の上場審査に対する謝礼の趣旨でなされるものであり、良くないことであると考えながらも、会社役員としての立場上榎本や澁谷らに賛同し、右依頼を了承して、八の3(ヘ)で認定したとおり、高田に面接して右五〇〇〇株割当の話をし、その後高田から右株式の代金を受取り、上場日以後に同人に対し株券を渡したりしたこと、被告人西端においても、殖産住宅の新株が上場後確実に値上がりするものと考え、その値上がりにより高田に利益を与えることになることを認識していたことなど証拠によつて認められる諸事実をも総合して考えれば、被告人西端が単なる走り使いであるとは決して考えられず、同被告人は、被告人榎本、同澁谷と共謀のうえ、被告人高田に対しその職務に対する謝礼として前記五〇〇〇株の割当をしたものと認めるのが相当である。被告人西端の検察官に対する各供述調書につき、その任意性、信憑性を疑うべき事由はなんら認められない。従つて、原判決が被告人西端につき、澁谷、榎本との共謀による賄賂供与罪の成立を認めたのは、結論において相当であるが、その賄賂の内容については、既に述べたとおり、事実誤認があるというべきであつて、被告人西端についての原判決も破棄を免れない。

5  以上のとおりであるから、控訴趣意第五のうち、被告人澁谷らが供与した賄賂の内容に関する論旨は理由があり、その余の論旨は理由がないことになる。

一五  被告人澁谷ら四名に関する控訴趣意第六について

所論は、被告人澁谷ら四名につき、原判決の量刑不当をいうものであるが、既に述べたとおり、他の控訴趣意の論旨の一部は理由があり、右被告人澁谷ら四名に対する原判決は破棄を免れないのであつて、同被告人らに対する量刑についての当裁判所の判断は、後記自判の際示すことになるから、ここでは所論に対する判断を省略することにする。

一六  被告人澤に関する井本弁護人らの控訴趣意第一点について

所論は、原判決は、被告人澤をはじめ坂本正利、桐沢昇ら関係人の検察官に対する各供述調書を、それらが任意性を欠くものであるのに、証拠として採用したうえ、右各供述調書ならびに被告人澤、坂本、桐沢らの原審公判廷における供述につき、一面的かつ実験則に反する解釈をし、もつて事実を誤認し被告人澤を有罪としたのもであるとし、右各供述調書は、誘導や強要、脅迫などによつて作成されたものであり、任意性がなく、また、矛盾する点や不明確な点も多く、真実にも反するものであること、被告人澤は本件二万二〇〇〇株を被告人岡村の親類ら七名に対して割当てたものであり、岡村に対して割当てたものではないこと、被告人澤が大和証券の加納正之に対し日電硝子の株式の公開価格を殊更低く決定するように依頼したことはなかつたこと、被告人澤らは、日電硝子の株式が上場日に確実に値上がりするとの認識を有していなかつたこと、また、同被告人らは、本件の親引株割当が被告人岡村に対する謝礼の趣旨であるとは考えていなかつたことなど種々詳論するのである。

そこで検討すると、先ず、被告人澤の検察官に対する各供述調書については、その形式、記載内容、他の関係各証拠との対比、同被告人の原審、当審各公判廷における供述、被疑者澤孝太郎に対する勾留質問調書等を総合すれば、被告人澤の右各供述調書は、同被告人が検察官に対し任意にした供述を記載したものと認められるでのあり、その任意性に疑いがあるとは考えられない。同被告人は、原審ならびに当審各公判廷において、本件の株式は岡村に割当てたものではなく、同人の親類縁者七名に割当てたものであること、裁判所における勾留質問の際にもそのことを述べ、調書にも記載してもらつたが、右勾留質問後拘置所に赴く際、検事から「君はばかだ。そんなことを言うのなら、二年、三年はここから出さない。」と言われたことなど供述しているのであるが、右供述は、前掲勾留質問調書の記載自体に照らしても、また、同被告人が右勾留質問の前後を通じ一貫して、本件株式は岡村に割当てたものであり、七名の氏名は名義上のものである旨検察官に供述していることからしても、信用することができないというべきである。そして、被告人澤の検察官に対する各供述調書は、日電硝子の関係について既に認定した二の8の(イ)ないし(ワ)の事実関係に添うかぎりにおいて、十分に信用できるものというべきであり、その内容が真実に反するものであるということはできない。

次に、坂本正利、桐沢昇の検察官に対する各供述調書についてみると、右各供述調書は、原審において検察官から刑訴法三二一条一項二号に該当するものとして取調請求がなされ、原審がこれを採用して取調べたものであるが、その形式、記載内容、他の関係各証拠との対比、右坂本、桐沢の原審における証人としての供述、右桐沢を取調べた検察官百瀬武雄の原審における証言等を総合すれば、右各供述調書の記載内容のうち、坂本、桐沢の右証人としての供述と矛盾する部分につき、その任意性、特信性を十分に肯定することができるのであり、右矛盾部分の証拠能力ならびに証明力を否定すべき理由はない。

以上のような被告人澤、坂本、桐沢の各供述調書ならびに右三名の原審公判廷における供述を総合し、他の関係を各証拠をも考え合わせて判断すれば、被告人澤は、本件日電硝子の株式二万二〇〇〇株につき、飯島勇ら七名の割当先は名義上のものであり、実質は被告人岡村個人に割当し取得させるものであることを認識しながら、坂本や桐沢に指示してその割当をさせたものであること、被告人澤や坂本、桐沢らは、右日電硝子の株式が上場後値上がりし、公開価格を上回る価格によつて取引されることを十分に期待し認識していたのであり、右値上がりによる利益を、被告人岡村の職務行為に対する謝礼として提供すべく、前記の割当をしたものであることなどの事実を明らかに認めることができる。被告人澤は、原審、当審各公判廷において、本件の株式は、岡村ではなくその親類縁者七名に割当てたものである旨供述しているのであるが、右供述を信用することができないことは原判決が争点に対する判断の第四において詳細に説示しているとおりである。また、被告人澤の賄賂供与の犯意につき原判決が争点に対する判断の第七において説示している点も、証拠に照らし相当であると認められる。なお、被告人澤が大和証券の加納に対し日電硝子の株式の公開価格を殊更低く決定するように依頼したとの事実は、原判決がなんら認定していないところである。

右のとおりであるから、原判決には任意性のない供述調書を証拠として採用して違法がなく、また、所論の諸点に関するかぎり、原判決の事実認定に誤りはないというべきであつて、論旨は理由がない。

一七  被告人澤に関する井本弁護人らの控訴趣意第二点について

所論は、原判決は、被告人澤ら関係人の証拠能力のない検面調書を証拠に採用し、同被告人らの公判廷における供述についての総合的判断を誤り、同被告人に対し有罪判決を言渡したものであるとし、日電硝子の株式割当先に関する原判決の判断(原判決の争点に対する判断の第四)が誤りであることについて種々詳論するのである。

しかしながら、所論の諸点は控訴趣意第一点における主張におおむね包含されているところであり、既に一六において判断したとおり、原判決には証拠能力のない供述調書を証拠として採用した違法はなく、また、原判決が争点に対する判断の第四において、日電硝子の株式の割当先について説示している諸点は証拠に照らし相当であると認められ、所論の諸点に関するかぎり原判決に事実誤認があるということはできないから、論旨は理由がない。

一八  被告人澤に関する井本弁護人らの控訴趣意第三点について

所論は、被告人澤を有罪とした原判決には理由不備若しくは擬律錯誤の違法があり、破棄を免れないとし、原判決は本件株式の割当、引受、代金払込が賄賂の授受行為であるとしているが、右割当、引受等は、株式の売出と取得行為であつて、証券業界で許容されている適正な行為に外ならないばかりでなく、右授受行為の際には、原判決が賄賂であるとする上場始値と売出価格との差益が現存していないのであるから、その提供、収受は不可能であり、贈収賄罪は成立し得ないこと、被告人澤らにおいては、原判決のいう差益の発生を考えたことがなく、これを授受するとの認識もなかつたこと、本件の差益は、授受に関する行為の完了後、時日の経過により上場始値が形成された時点で確実に発生し、それが授受行為と相当因果関係を保つていると原判決の論理は理解し難いものであり、右のような差益が発生したとしても、それが賄賂の授受行為による利得であるとは考えられないこと、また、原判決は、授受行為の時点では対象となる利益が現存しない場合でも、将来発生することが確実であり、その利益を確定的に移転することが可能であるような事情の存するときは、右授受行為を賄賂の供与、収受にあたるものとみて差支えないと判示しているが、その趣旨は明確でなく、甚だ擬制的、非論理的な見解というべきであること、原判決がその見解を結果犯の論理で説明しようとしているのは不合理であること、原判決は、本件における親引株の割当は違法なものではないのに、相手方の引受、払込によつて違法行為に転換するもののように判示しているが、そのようなことはあり得ないこと、本件は被告人岡村についてのみ賄賂要求罪が成立するとみるべきであること、以上のような諸点につき種々詳論するのである。

そこで判断すると、原判決は、原判示罪となるべき事実第五において、被告人澤が坂本、桐沢と共謀のうえ、被告人岡村に対し、「上場始値と売出価格との差額相当の利益を供与すべく」日電硝子の売出株式二万二〇〇〇株を割当ててこれを引受けさせ、よつて同株式の「上場始値と売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益を提供し」、その後同社株式の上場に伴い、右差額相当の利益を取得させ、賄賂を供与したものと認定し、争点に対する判断の第一および第二において、本件贈収賄の客体が右のように日電硝子の株式の上場始値と売出価格との差額相当の利益であると認められる理由を詳細に説明しているのである。しかし、二の10において既に述べたとおり、原判決の右認定は誤りというべきであつて、原判決が、賄賂の授受に関する行為と授受の結果発生との間に時間的離隔があるとし、未だ発生していない差益につき、先行的にその供与、収受が認められるとした点は、刑法一九八条の定める「供与」ならびに同法一九七条一項の定める「収受」に関する解釈、適用を誤つたものといわなければならない。そして、右事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りは、被告人澤の供与した賄賂の内容や価格に関するものであるから、同被告人に対する判決に影響を及ぼすことが明らかというべきである。従つて、所論のうち、原判決の右のような法令の解釈、適用の誤りを指摘するものと認められる部分の論旨は理由があり、被告人澤に対する原判決は破棄を免れない。

なお、二の9において述べたとおり、被告人澤らの岡村に対する親引株割当ならびに同人からの代金受領の点は賄賂の供与に当り、その賄賂の内容は日電硝子の株式二万二〇〇〇株について株券受渡期日にその株主となるべき地位であると解されるから、所論のうち、本件の親引株割当が適法であるとする部分の論旨は理由がないというべきである。また、原判決に理由不備の点があるとは考えられないから、その点についての論旨も理由がない。

一九  被告人澤に関する井本弁護人らの控訴趣意第四点について

所論は、原判決は、訴因変更手続を経ないで訴因と異なる事実を認定し、被告人の防禦の利益を実質的に害したものであり、右は訴訟手続の法令違反にあたるから、破棄を免れないとし、原判決は、上場始値形成時が結果発生時であるとし、上場始値と公開価格との差額相当分の利益が本件賄賂の客体であるとしているが、右はいずれも訴因と全く異なるものであること、原判決は、争点に対する判断の第二の四において、訴因変更の必要がないことを判示しているが、その判示は明らかに不当であり、上場始値による株式の売却可能性、その点に関する被告人澤の認識など重要な事項について、被告人澤は有効な防禦の機会を奪われ、原判決により不意打ちをうけたものであることなど種々詳論するのである。

そこで、被告人澤に対する起訴状記載の公訴事実(第三)と同被告人に対し原判決が認定した罪とみるべき事実(第五)とを対比させてみると、被告人澤が坂本らと共謀のうえ、昭和四八年四月被告人岡村に対し、同人がした有価証券届出書等の審査に対する謝礼などの趣旨で、日電硝子の株式二万二〇〇〇株を提供して、同人の職務に関する賄賂の供与をしたという基本的な事実関係においては同一であり、ただ、訴因においては、右株式二万二〇〇〇株を「前記売出価格で取得する利益を供与し」、もつて賄賂を供与したと記載されているのに対し、原判決においては、「同株式の上場始値と売出価格との差額二万二〇〇〇株分相当の利益を提供し」、その後株式の上場に伴い「右差額相当の三六三万円の利益を取得させ」、もつて賄賂を供与したと認定している点に顕著な差異がみられるだけにすぎない。そして、訴因に記載された「売出価格で取得する利益」の内容については、被告人澤らの贈賄に対応する被告人岡村の収賄に関する訴因(公訴事実第一の二)において「(取得利益三六三万円相当)」と明示されているのであり、右の数額は被告人澤らの供与した賄賂の価額にもそのまま当てはまるものとみられるのであるから、供与した賄賂の価格については、訴因も原判決の認定も結論において一致しているものとみることができるのである。また、右訴因記載の三六三万円という数字の根拠については、各弁護人からの求釈明に基づき、原審第二七回公判において、検察官が「当該株式の上場始値と公開価格との差額である」旨釈明しているのであり、原判決の認定は右検察官の釈明をそのまま採用したものにほかならない。以上の諸点からすれば、訴因と原判決の認定との間には、それほど大きな差異はないということができるし、原判決が訴因変更の手続をとらずに前記のような事実認定をしたからといつて、被告人澤の防禦に実質的な不利益を与えたものということもできないから、原判決が訴因変更手続をとらなかつた点につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるということはできず、論旨は理由がない。

二〇  被告人澤に関する井本弁護人らの控訴趣意第五点について

所論は、原判決には審理不尽に基づく理由不備の違法があり破棄を免れないとし、被告人岡村に対する本件二万二〇〇〇株の割当につき、被告人澤が坂本、桐沢と共謀をしたとの証拠は全くなく、同被告人は右株式の割当に関する直接的な実行をしていないのであるから、原判決が被告人澤につき賄賂供与罪の成立を認定したのは誤りである旨主張するのである。

そこで検討すると、日電硝子の株式に関する本件贈収賄についての基本的な事実関係は、前記二の8において認定したとおりであり、被告人澤は、昭和四八年二月二日ころ「金兵衛」で岡村から七名の名義で日電硝子の株式を合計二万一〇〇〇株分けてほしい旨要請されたことから、岡村の希望するとおり日電硝子の株式につき親引株の割当をし、同人に利益を得させようと考え、そのころ坂本や桐沢に対し、岡村に七名の名義で二万一〇〇〇株割当をするようにとの指示をし、その後親引株の割当案に右七名に対する合計二万一〇〇〇株の記載がなされたのを確認し、同年三月下旬ころには、右七名のうち岡村規矩雄の名義を保延輝男に代え、同人名義の割当株数を四〇〇〇株とし、割当株数が合計二万二〇〇〇株となることにつき、桐沢から報告をうけてこれを了承しているのであつて、そのほか、関係各証拠を総合すれば、岡村に対しその職務行為に対する謝礼として日電硝子の売出株式合計二万二〇〇〇株を提供するにつき、被告人澤、坂本、桐沢の間において、互いに共通する犯意が形成されていたと認められ、右三名の間に贈賄についての共謀があつたとみるべきことは明らかといわなければならない。また、被告人澤は、前記のような坂本、桐沢に対する指示、桐沢からの報告の了承という形において、岡村に対する親引株割当の実行についても直接関与しているものとみられるのである。従つて、岡村に対する割当の具体的な打合わせ、代金の授受などを直接担当したのは桐沢であるにしても、被告人澤について賄賂供与罪の成立が認められることは当然であり、この点に関する原判決の認定になんら誤りはなく、審理不尽や理由不備もないというべきであつて、論旨は理由がない。

二一  被告人澤に関する野玉弁護人の控訴趣意について

所論は、上場始値と公開価格との差額が本件贈収賄行為の客体である財産上の利益であるとした原判決の認定は、事実を誤認したものであり、証拠に基づかずに事実を認定したものであつて、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないとし、デイスカウントの本来の性格は、公開価格の決定から上場日までの市況の変化等による危険負担を考慮し、その変動リスクを担保するためになされるものであるから、原判決のいうように公開価格を割安に決定するというものではなく、また、公開価格は幹事証券会社によつて適正に算定されるものであり、原判決のいうように上場会社と証券会社との双方によつてデイスカウント等により割安に決定されるものではないこと、原判決は、公開株式については、上場前の公開価格は真の価格ではなく、上場始値が本来の価格であるとしているが、全く理論的根拠のない見解というべきであり、また、原判決が上場によつて株式を取得するとしているのも誤りであつて、株券の受渡期日が上場日とされているのは慣行にすぎないものであること、原判決は、公開価格の払込は、上場始値と公開価格との差益を取得する手段としての意義を持つものであるとしているが、公開株式を上場始値で売却することは、証券会社の一部の上得意先だけができるものであり、一般の親引株取得者には不可能なのであるから、被告人澤らは、岡村が右差益を取得するということは全く予期していなかつたこと、原判決は、親引株の割当を含め公開株式の取得そのものまで違法、不当視しているようであるが、株式公開は新規上場のための必要条件であり、合理的な理由に基づくものであるから決して違法、不当なものとはいえないこと、原判決は、被告人澤が日電硝子の株式につき、その上場始値が公開価格を確実に上回ることを認識していたものと認定しているが、右認定は誤りであり、被告人澤には右のような認識はなく、岡村に対し公開価格と上場始値との差益を取得させるとの認識も全くなかつたこと、原判決は、公開株式を一般人がたやすく入手することはできない旨認定しているが、株式公開の趣旨からしても、また日電硝子の親引株指定の実際からしても、原判決の右認定は誤りであること、以上のような諸点につき種々詳論するのである。

そこで、検討すると、上場始値と売出価格との差額相当の利益が被告人澤らの供与した賄賂の客体であるとする原判決の認定が誤りであることは、一八において既に述べたとおりであり、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことの明らかなものとみられることも前述したとおりであるから、所論のうち、右の事実誤認を指摘する部分の論旨は理由があり、被告人澤に対する原判決は破棄を免れない。

なお、いわゆるデイスカウントについて、それが合理的理由に基づく側面を併せ持つものであるとしても、やはり公開価格を割安に決定するという色彩は払拭できないものであるとする原判決の判断は正当というべきであり、その点を不当とする論旨は理由がない。また、一六において判断したとおり、被告人澤は、日電硝子の株式が上場後値上がりし、公開価格を上回る価格によつて取引されることを十分に期待し認識していたものと認められるから、その点について原判決の事実誤認にいう論旨も理由がない。日電硝子の株式を含め、本件各公開株式が一般人にとつてたやすく入手できなかつたものであることも、原判決の判示するとおりであつて、その点に関する事実誤認をいう論旨もまた理由がない。

(破棄自判)

以上のとおり、各被告人の関係で事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りをいう論旨はそれぞれ理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(被告人らの経歴等)

原判決の判示するとおりである。

(罪となるべき事実)

第一  被告人岡村は、昭和四五年五月から大蔵省証券局証券監査官として同局企業財務課に勤務し、有価証券に関する届出書や報告書の審査等の職務を担当していたものであるが、

一  殖産住宅相互株式会社(以下殖産住宅という)が、同社の株式を東京証券取引所(以下東証という)に上場させるべく、新規に九四〇万株の株式を発行して一般募集をするにつき、昭和四七年八月八日大蔵省に対し有価証券届出書を提出した際、その審査を担当していたところ、同年九月初めころ、殖産住宅の財務部長代理である被告人加藤から、前記新規発行株式のうち一万株を発行価格(一株一二五〇円)によつて、提供する旨の申出をうけ、右は、被告人加藤ら殖産住宅の関係者が岡村の前記届出書の審査に対する謝礼の趣旨で提供するものであり、右新株が同年一〇月二日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を了承し、同年九月一八日ころ東京都中央区銀座四丁目所在の三和銀行銀座支店において、加藤に対し前記一万株の代金として現金一〇〇〇万円を交付すると共に同人より不足分二五〇万円についての立替払の承諾を得、よつて、右一万株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

二  日本電気硝子株式会社(以下日電硝子という)が、同社の株式を東証ならびに大阪証券取引所(以下大証という)に同時上場させるべく、日本電気株式会社所有の日電硝子の既発行株式三五七万株を一般に売出すにつき、昭和四八年三月一日大蔵省に対し有価証券届出書を提出した際、その審査を担当していたところ、同年三月下旬ころ、日電硝子の経理部経理課長桐沢昇から、前記売出株式のうち二万二〇〇〇株を売出価格(一株二七〇円)によつて提供する旨の申出をうけ、右は右桐沢やその上司である被告人澤らが岡村の前記届出書の審査に対する謝礼の趣旨で提供するものであり、右株式が同年四月二三日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を了承し、同年四月中旬ころ桐沢らを介して大和証券株式会社に対し前記二万二〇〇〇株の代金五九四万円を払込み、よつて、右二万二〇〇〇株につき株券受渡期日にその株主となるべき地位を取得し、

もつて、それぞれ自己の職務に関して賄賂を収受し、

第二  被告人高田は、昭和四三年一月から東証の証券部証券審査課長、同四六年七月からは上場部次長兼上場審査課長、同年一一月から上場部次長専任者として、右各課の所属職員を指揮監督し、右各課の所管に属する株式の新規上場申請についての審査事務等を担当していたものであるが、

一  殖産住宅が昭和四七年六月一六日ころ東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課の職員と共に右申請についての審査を担当していたところ、同年九月中旬ころ、殖産住宅の取締役兼役員室長である被告人西端から、同社が上場に際して新規に発行する九四〇万株のうち五〇〇〇株を発行価格(一株一二五〇円)によつて提供したい旨の申出をうけ、右は、殖産住宅の関係者らが高田の前記上場申請についての審査に対する謝礼の趣旨で提供するものであり、右新株が同年一〇月二日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その二、三日後西端に対し申出をうける旨回答し、同年九月二〇日ころ東京都中央区日本橋兜町所在の山種ビル地下一階喫茶店「やまと」において、西端に対し前記五〇〇〇株の代金六二五万円を現金ならびに小切手で交付し、よつて、右五〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

二  ミサワホーム株式会社(以下ミサワホームという)が昭和四六年七月二二日ころ東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課員らと共に右申請についての審査を担当していたところ、同年一〇月中旬ころ、ミサワホームの取締役兼財務部長である高野哲夫から、同社が上場に際して新規に発行する二〇〇万株のうち一〇〇〇株を発行価格(一株四八〇円)によつて提供したい旨の申出をうけ、右は、右高野らミサワホームの関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼の趣旨で提供するものであり、右新株が同年一一月一日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりによる利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、同年一〇月二五日ころミサワホームの社員を介して野村証券株式会社に対し前記一〇〇〇株の代金四八万円を払込み、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

三1  コクヨ株式会社(以下コクヨという)が昭和四六年一月一一日東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記証券審査課の職員と共に右申請についての審査を担当していたものであるところ、同年二月二〇日ころ、右コクヨの株式公開につき主幹事証券会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた大和証券株式会社(以下大和証券という)の株式引受部課長代理木下誠男から、コクヨが上場に際して新規に発行する五〇五万六〇〇〇株のうち一〇〇〇株を発行価格(一株四三〇円)で提供したい旨の申出をうけ、右は、右木下ら大和証券の関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株が同年三月一日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その一、二日後右申出を承諾し、そのころ妻の多基子に命じ東京都練馬区に所在する大和証券練馬支店において右一〇〇〇株の代金四三万円を支払わせ、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

2  ナシヨナル住宅建材株式会社(以下ナシヨナル住宅という)が昭和四六年七月二五日東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課の職員らと共に右申請についての審査を担当していたものであるところ、同年九月二三日ころ、右ナシヨナル住宅の株式公開につき主幹事会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた山一証券株式会社(以下山一証券という)の株式引受部引受課長代理長谷川隆から、ナシヨナル住宅が上場に際し新規に発行する一〇〇〇万株(そのうち公募公開にあてられるのは五〇〇万株)のうち一〇〇〇株を発行価格(一株三六〇円)で提供したい旨の申出をうけ、右は、右長谷川ら山一証券の関係者が高田の前記上場審査を対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株が同年一〇月一日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、そのころ右一〇〇〇株の代金三六万円を山一証券に対して払込み、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

3  昭和化学工業株式会社(以下昭和化学という)が昭和四六年七月二〇日東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課の職員らと共に右申請についての審査を担当していたものであるところ、同年一一月九日ころ、右昭和化学の株式公開につき幹事証券会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた新日本証券株式会社(以下新日本証券という)の引受部課長元岡達治から、昭和化学が上場に際し新規に発行する一二〇万株のうち一〇〇〇株を発行価格(一株一六五円)で提供したい旨の申出をうけ、右は、右元岡ら新日本証券の関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株が同年一一月一五日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、そのころ右一〇〇〇株の代金一六万五〇〇〇円を新日本証券に対して払込み、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

4  株式会社オオバ(以下オオバという)が昭和四七年二月二七日ころ東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課員らと共に右申請についての審査に担当していたものであるところ、同年五月中旬ころ、右オオバの株式公開につき主幹事証券会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた山一証券の株式引受部次長の水野貞雄から、右オオバが上場に際し新規に発行する二〇〇万株のうち一〇〇〇株を発行価格(一株二六〇円)で提供したい旨の申出をうけ、右は、右水野ら山一証券の関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株で同年六月一日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、同年五月二三日ころ右一〇〇〇株の代金二六万円を山一証券に対して払込み、よつて、右一〇〇〇株につき証券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

5  殖産住宅が、前記のように、昭和四七年六月一六日ころ東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課の職員と共に右申請についての審査を担当していたところ、同年九月一八日ころ、右殖産住宅の株式公開につき副幹事証券会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた新日本証券の前記元岡達治から、殖産住宅が上場に際し新規に発行する九四〇万株のうち一〇〇〇株を発行価格(一株一二五〇円)で提供したい旨の申出をうけ、右は、右元岡ら新日本証券の関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株が同年一〇月二日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、同年九月二〇日ころ右一〇〇〇株の代金一二五万円を新日本証券に対して払込み、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

6  旭ダイヤモンド工業株式会社(以下旭ダイヤモンドという)が昭和四七年六月二九日東証に対し株式の新規上場承認の申請をした際、前記上場審査課の職員らと共に右申請についての審査を担当していたところ、同年九月二五日ころ、右旭ダイヤモンドの株式公開につき幹事証券会社として株式の売出や上場申請などの事務を取扱つていた日興証券株式会社(以下日興証券という)の証券取引受部課長金井哲夫から、右旭ダイヤモンドが上場に際し新規に発行する二〇〇万株のうち一〇〇〇株を公開価格(一株四七〇円)によつて提供したい旨の申出をうけ、右は、右金井ら日興証券の関係者が高田の前記上場審査に対する謝礼ならびに今後も同種の審査につき適宜の取計らいをうけたいとの趣旨で提供するものであり、右新株が同年一〇月九日に予定されている上場後確実に値上がりするものと見込まれていて、その値上がりにより利益を得られるものであることを認識しながら、その申出を承諾し、同年九月二八日ころ日興証券兜町支店において右一〇〇〇株の代金四七万円を日興証券の社員に交付し、よつて、右一〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得し、

もつて、それぞれ自己の職務に関して賄賂を収受し、

第三  被告人澁谷は、昭和四五年八月から殖産住宅の常務取締役をしていたものであり、被告人加藤は、同四六年九月から同社の財務部長代理をしていたものであつて、両名とも第一の一に記載したような殖産住宅の株式の上場申請、大蔵省に対する有価証券届出書の提出などの事務を担当していたものであるが、右両名は、昭和四七年八月下旬ころ、大蔵省において右届出書の審査を担当していた被告人岡村に対し、その審査に対する謝礼の趣旨で、殖産住宅が上場に際し新規に発行する株式のうち一万株を発行価格(一株一二五〇円)によつて提供することを共謀のうえ、同年九月初めころ、被告人加藤において被告人岡村に対し第一の一に記載したとおりの申出をし、同月一八日ころ第一の一記載の三和銀行銀座支店において、右加藤が岡村から一万株の代金として現金一〇〇〇万円を受領すると共に不足分二五〇万円について同人のため立替払をすることを約束し、よつて、被告人岡村に対し前記一万株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得させ、もつて、同被告人の職務に関して賄賂を供与し、

第四  被告人澁谷は前記のとおり殖産住宅の常務取締役をしていたものであり、被告人榎本は昭和四四年八月から同社の総務部株式担当次長をしていたものであつて、両名とも第二の一に記載したような殖産住宅の株式の上場承認申請に関する事務を処理していたものであるが、右両名は、昭和四七年九月中旬ころ、東証において右上場承認申請についての審査を担当していた被告人高田に対し、その審査に対する謝礼の趣旨で、殖産住宅が上場に際し新規に発行する株式のうち五〇〇〇株を発行価格(一株一二五〇円)によつて提供することを共謀し、さらに、被告人榎本から同社の取締役兼役員室長である被告人西端に対し、右共謀の趣旨を伝えてその賛同を得、以上のように被告人澁谷、同榎本、同西端の三名で順次共謀をとげたうえ、そのころ被告人西端において高田に対し第二の一に記載したとおりの申出をし、同月二〇日ころ第二の一記載の場所で西端が高田から五〇〇〇株の代金六二五万円を受領し、よつて、被告人高田に対し右五〇〇〇株につき株券交付日にその株主となるべき地位を取得させ、もつて、同被告人の職務に関して賄賂を供与し、

第五  被告人澤は、昭和四一年一一月から日電硝子の取締役兼経理部長をしていたものであり、第一の二に記載したような同社の株式の新規上場申請、大蔵省に対する有価証券届出書の提出などの事務について、同社の取締役兼監査室長の坂本正利や経理部経理課長の桐沢昇らと共に関与していたものであるが、昭和四八年二月上旬ころ、右坂本、桐沢との間で、大蔵省において前記届出書の審査を担当していた被告人岡村に対し、その審査に対する謝礼の趣旨で、第一の二に記載した日電硝子の売出株式のうち二万一〇〇〇株を売出価格(一株二七〇円)によつて提供することを共謀し、その後同年三月下旬ころまでの間、右桐沢から岡村に対し右提供の申出をすると共に、両名の間で提供する株式数を一〇〇〇株増加して合計二万二〇〇〇株とすることを話し合い、被告人澤や前記坂本もそれを了承し、同年四月中旬ころ桐沢が被告人岡村から二万二〇〇〇株の代金五九四万円の払込をうけ、よつて、被告人岡村に対し右二万二〇〇〇株につき株券受渡期日にその株主となるべき地位を取得させ、もつて、同被告人の職務に関して賄賂を供与し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(訴因と当審認定事実との関係について)

前記のとおり、当裁判所は、被告人岡村、同高田が収受し、被告人澁谷ら贈賄者側が供与した賄賂は、各会社の新規発行株式又は売出株式につき株券交付日又は株券受渡期日にその株主となるべき地位であるとの認定をしたのであるが、右は、本件起訴状において、本件における賄賂の内容は、各会社の新規発行株式又は売出株式を発行価格又は売出価格で取得する利益であると記載されている点を別な表現で言い現わしたものであり、その実体においては両者の間に特段の差異はない。すなわち、実質的にみれば、被告人岡村、同高田は、右起訴状記載のように、各会社の新規発行株式又は売出株式をその上場前に発行価格又は売出価格で取得したものであり、被告人澁谷ら贈賄者側は右の取得をさせたものであるが、形式的、法律的にみれば、右発行価格又は売出価格による代金の払込がなされただけでは、被告人岡村、同高田が直ちに各株式の株主となるものではなく、同被告人らは新株についての株券交付日あるいは売出株式の株券受渡日に当該株式の株主になるものと解されるから、公開株式の提供をうけて公開価格による代金を払込むという賄賂収受行為の時点において被告人岡村、同高田が収受したものは、各株式について株券交付日あるいは株券受渡期日にその株主となるべき地位であつたということができ、被告人澁谷ら贈賄者側が供与したのも右のような地位であつたということができるのである(以上の点は控訴趣意に対する判断において説示したとおりである。)。従つて、当裁判所は訴因と異なる事実を認定したものではない(なお、本件の収賄者らがいつ株主となるかという問題については、当審において各弁護人や検察官からそれぞれの見解が表明されている。)。もつとも、本件の起訴状には取得利益の具体的金額も記載されており、その金額は、各株式の上場始値と公開価格との差異にあたることが明らかであるが、本件で授受された賄賂の価額を右のようにみることは当裁判所の賛成できないところであり(この点も控訴趣意に対する判断として述べたとおりである。)、そのような認定をしなかつたのであつて、この点からすれば、当裁判所は賄賂の内容につき訴因事実の一部だけを採用し、表現を改めて認定したものということができよう。授受された各株式の種類、数量、代金額などについても、訴因と当審認定事実との間になんら差異はなく、ただ、当裁判所は、各犯行の経過について証拠に基づき起訴状の記載よりも詳細な認定をしたが、訴因と異なる事実を認定したものではない。

(法令の適用)

被告人岡村の判示第一の一および二の各所為は、いずれも、行為時においては昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九七条一項前段に、現時点においては右改正後の同法同条一項前段に該当するので、刑法六条、一〇条により軽い右改正前の法条を適用することにし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い第一の一の罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきことになる。そこで、量刑について考えると、被告人岡村は、長く大蔵省証券局に勤務し、各会社が、株式の新規上場に際して発行しあるいは売出す株式につき、大蔵省に提出する有価証券届出書の審査事務等を担当していたものであり、その職務上、右のように発行されあるいは売出される株式を上場に公開価格によつて入手すれば、上場後の値上がりにより相当の利益を挙げられることを熟知していたところ、自己が審査を担当した会社の幹部らに対して右株式の割当を要請し、さきに判示したとおり、二回にわたり、一万株あるいは二万二〇〇〇株という大量の株式を公開価格によつて取得したうえ、いずれも上場後間もなく値上がりした取引価格によつて売却処分し、その結果として合計で一五〇〇万円を超える利益を得たものであり、右は、自己の職権を濫用した悪質な収賄の犯行というべきであつて、被告人岡村の罪責は重大であるといわなければならない。右のような事案内容を考慮し、被告人岡村には前科がなく、本件より懲戒免職の処分をうけていることなどの情状を斟酌したうえ、前記処断刑の範囲内で同被告人を懲役二年に処することにする。

被告人高田の判示第二の一ないし三の各所為は、いずれも証券取引法二〇三条一項に該当し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の一の罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきことになる。そこで、量刑について考えると、被告人高田は、長く東京証券取引所に勤務し、各会社の株式の新規上場承認申請についての審査事務等を担当していたものであり、右取引所の幹部職員として公務員に準ずる立場にあることを自覚していながら、さきに判示したように、前後八回にわたり、自己が審査を担当した各会社の役員あるいは幹事証券会社の上場事務担当社員らから合計一万二〇〇〇株の新株を公開価格により入手し、右のうち六〇〇〇株を上場後の取引価格によつて売却処分し、合計で四三八万円余りの利益を得たものであつて、右各犯行もまた、職務上の立場をわきまえない悪質な収賄であるといわなければならない。しかし、他面において、被告人高田の場合は、みずから進んで要求したものではなく、各贈賄者からの新株提供の申出を受諾したものであることなど斟酌すべき情状が認められ、また、被告人高田も前科はなく、本件により懲戒解雇の処分をうけているのである。以上のような事案内容や情状を総合考慮し、被告人高田については、前記処断刑の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人澁谷の判示各所為のうち、第三の点は、昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九八条一項、一九七条一項前段、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に、第四の点は、昭和五六年法律第六二号による改正前の証券取引法二〇三条三項、一項、刑法六〇条、右昭和五六年法律第六二号の附則第四条に、それぞれ該当するので、後記の量刑事情にかんがみ、所定刑中いずれも懲戒刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第三の贈賄罪の所定懲役刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきことになる。そこで、量刑について考えると、被告人澁谷は、殖産住宅の常務取締役として、同社の株式の新規上場に関するプロジエクトチームを統括していたものであり、その上場申請の作業を進める過程において、他の社員、役員らと共謀のうえ、二回にわたり大蔵省ならびに東証の審査担当者に対し、自社の新株合計一万五〇〇〇株を提供して利益を供与したものであつて、その罪責は決して軽くないというべきである。しかし、他面において、被告人岡村に対する贈賄の犯行は同被告人の要請に基づくものであつたこと、被告人高田に対する贈賄の犯行は被告人榎本が発案したものであり、被告人渋谷は各犯行につきいずれも事前に東郷社長の了承を得ていること、同被告人には前科がないことなど斟酌すべき情状も認められる。以上のような事案内容や情状を総合考慮し、被告人澁谷については、前記処断刑の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人加藤の判示第三の所為は、昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九八条一項、一九七条一項前段、罰金等臨時措置法第三条一項一号、刑法六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、被告人澁谷と共謀のうえ被告人岡村に対し殖産住宅の新株一万株を提供することにし、岡村との間で名義人の分散をはかり、代金の授受、代金の一部の立替払など具体的な犯行実現に当つた被告人加藤の罪責は決して軽くはないというべきであるが、他面において、右一万株の提供は岡村からの要請に基づくものであること、上司である澁谷の了承のもとに、会社の利益を考えてした犯行とみられること、前科がないことなどの情状も認められるので、以上のような事案内容や情状を総合考慮し、前記処断刑の範囲内で被告人加藤を懲役六月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人西端の判示第四の所為は、昭和五六年法律第六二号による改正前の証券取引法二〇三条三項、一項、刑法六〇条、右昭和五六年法律第六二号の附則第四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、被告人西端は、殖産住宅の取締役ではあつても、同社の株式上場については直接関与していなかつたところ、たまたま被告人高田と知合いであつたことから、被告人澁谷の指示により、被告人榎本からの話をうけて高田に対する贈賄の犯行を実行することになつたものであり、その点において酌むべき情状があると認められるので、右処断刑の範囲内で被告人西端を懲役三月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人榎本の判示第四の所為は、前記被告人西端と同様の法条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、被告人高田に対する五〇〇〇株の提供を発案し、被告人澁谷、同西端と共謀のうえ、被告人西端を通じて岡村に対する贈賄の犯行の具体的実現にあたつた被告人榎本の罪責は軽くないものというべきであるが、上司である澁谷の了承のもとに会社の利益を考えてした犯行であるとみられることや前科がないことなどの情状をも考慮し、前記処断刑の範囲内で被告人榎本を懲役五月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人澤の判示第五の所為は、昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九八条一項、一九七条一項前段、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、被告人澤は、日電硝子の取締役兼経理部長をしていたものであり、被告人岡村から日電硝子の売出株式二万一〇〇〇株の割当要請をうけるや、その要請に応じて割当をすることが岡村に対する不法な利益の提供にあたることを認識しながら、ほとんど独断で右株式の割当をすることにし、坂本や桐沢に指示をして本件贈賄の具体的な実行に当らせたものであつて、その罪責は軽くないものというべきであるが、右のように犯行の発端は岡村からの要請によるものであること、会社のためにした犯行であり、個人的な利得を図つたものではないことなどの情状も認められるので、以上の諸点を総合考慮し、前記処断刑の範囲内で被告人澤を懲役六月に処し、刑法二五条一項一号によりこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予することにする。

被告人岡村が収受した賄賂は没収することができないので、その価額を追徴すべきことになるが、殖産住宅の関係における賄賂の価額はその収受当時において少なくとも二五〇万円相当であると認められ(控訴趣意に対する判断の二の5において述べたとおりである。)、日電硝子の関係における賄賂の価額はその収受当時において少なくとも六六万円相当であると認められる(控訴趣意に対する判断の二の9において述べたとおりである。)から、その合計額である三一六万円を刑法一九七条の五後段により被告人岡村から追徴する。

被告人高田が収受した賄賂も没収することができないので、その価額を追徴すべきことになる。そこで、その価額について検討すると、(一)先ず、殖産住宅の関係(前記罪となるべき事実第二の一および三の5)については、控訴趣意に対する判断の二の5において述べた諸点のほか、被告人高田は、殖産住宅の株式につき、上場されれば一株二〇〇〇円以上になると思つていた旨供述していること(証拠略)をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、殖産住宅の株式は上場直後に少なくとも一株一五〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格一二五〇円との差額である二五〇円の利益が見込まれたことになり、罪となるべき事実第二の一の分としては五〇〇〇株分としての一二五万円、同第二の三の5の分としてはその一〇〇〇株分としての二五万円、以上合計一五〇万円が授受された賄賂の授受当時における控え目に見た価額((二)以下に述べる価額もすべて賄賂の授受当時における価額である。)ということになる。(二)次に、ミサワホームの関係(罪となるべき事実第二の二)については、同社の株式の公開価額算定にあたり、推定流通株価は五三〇円程度であると算定されていること(証拠略)、被告人高田は、ミサワホームの株式につき上場後は一株七〇〇円くらいで寄付くと思つた旨供述していること(証拠略)、贈賄者の高野哲夫は、原審第一四回公判において、上場後は五〇〇円になるとか六〇〇円になるとかの話が出ており、少なくとも五三〇円以上になるのではないかと思つていた旨証言していること、東証の作成した前記回答書によれば、上場後一か月間におけるミサワホームの株式の安値は七二五円、高値は一二二〇円であつたこと、以上の諸点のほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、ミサワホームの株式は上場直後に少なくとも一株六〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格四八〇円との差額である一二〇円の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分としての一二万円が授受された賄賂についての控え目に見た価額ということになる。(三)コクヨの関係(罪となるべき事実第二の三の1)については、同社の株式の公開価格算定にあたり、株式評価額に四八〇円とされていること(証拠略)、被告人高田は、同社の株式が上場後六〇〇円か七〇〇円で寄付くと思つていた旨供述していること(証拠略)、贈賄者である木下誠男は、原審第一六回公判において、コクヨの株式が上場後公開価格より高い値段で寄付くことは予想していた旨証言していること、東証作成の前記回答書によれば、コクヨの株式の上場後一か月間における安値は六三〇円、高値は八三〇円であつたこと、そのほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、コクヨの株式は上場直後に少なくとも一株五〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格四三〇円との差額である七〇円相当の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分としての七万円が授受された賄賂についての控え目に見た価額ということになる。(四)ナシヨナル住宅の関係(罪となるべき事実第二の三の2)については、同社の株式の公開価格算定にあたり、株式評価額が四二二円とされていること(証拠略)、被告人高田は、同社の株式が上場後六〇〇円から七〇〇円くらいで寄付くと思つていた旨供述していること(証拠略)、東証作成の前記回答書によれば、ナシヨナル住宅の株式の上場後一か月間における一株あたりの安値は六四五円、高値は七四九円であつたこと、そのほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、ナシヨナル住宅の株式は上場直後に少なくとも一株五〇〇円以上の価額で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格三六〇円との差額である一四〇円の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分としての一四万円が授受された賄賂についての控え目に見た価額ということになる。(五)昭和化学の関係(罪となるべき事実第二の三の3)については、同社の株式の公募価格算定にあたり、基本株価は一八五円とされていること(証拠略)、被告人高田は、同社の株式が上場後二〇〇円くらいで寄付くと思つていた旨供述していること(証拠略)、贈賄者である元岡達治は、昭和化学の株式について上場時には公募価額より三割ないし五割くらい上がることが予想されていた旨供述していること(証拠略)、東証作成の前記回答書によれば、昭和化学の株式の上場後一か月間における安値は二九〇円、高値は三九五円であつたこと、そのほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、昭和化学の株式は上場直後に少なくとも一株二〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格一六五円との差額である三五円の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分として三万五〇〇〇円が授受された賄賂についての控え目に見た価額ということになる。(六)オオバの関係(罪となるべき事実第二の三の4)については、同社の株式の公開価額算定にあたり、推定流通株価が二六〇円程度と算定され、それがそのまま公開価額に決定されていること(証拠略)、被告人高田は、同社の株式について、上場後は四〇〇円くらいで寄付くと予想していた旨供述していること(証拠略)、贈賄者である水野貞雄は、原審第一八回公判において、オオバの株式は上場後すんなり行けば三五〇円か四〇〇円くらいにはなると思つていた旨証言していること、東証の作成した前記回答書によれば、オオバの株式の上場後一か月間における安値は六〇〇円、高値は七七〇円であつたこと、以上のほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受行為の時点において、オオバの株式は上場直後に少なくとも一株三五〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格二六〇円との差額である九〇円の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分としての九万円が授受された賄賂についての控え目に見た価額ということになる。(七)旭ダイヤモンドの関係(罪となるべき事実第二の三の6)については、同社の株式の公開価額算定にあたり、デイスカウントをする前の価額が約四九〇円と算定されていること(証拠略)、被告人高田は、同社の株式が上場後七〇〇円くらいで寄付くと思つていた旨供述していること(証拠略)、原審第二五回公判において、証人石原正平は、旭ダイヤモンドの株式が上場後七〇〇円くらいになるのではないかとの噂があつた旨証言し、同金井哲夫も、同様に七〇〇円ぐらいとの予測がなされていた旨証言していること、東証の作成した前記回答書によれば、旭ダイヤモンドの株式の上場後一か月間における安値は八二〇円高値は一三八〇円であつたこと、以上のほか原判決が「争点に対する判断」第一の四において挙げている関係者の各供述をも総合すれば、本件賄賂の授受当時において、旭ダイヤモンドの株式は上場直後に少なくとも一株六〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるから、一株につき発行価格四七〇円との差額である一三〇円の利益が見込まれたことになり、その一〇〇〇株分としての一三万円が授受された賄賂についての控え目に見た価格ということになる。以上(一)ないし(七)に挙げた賄賂の価額の合計額である二〇八万五〇〇〇円を証券取引法二〇三条二項後段により被告人高田から追徴する。

原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により主文第五項記載のとおり各被告人に負担させることにする。

以上のとおりであるから、主文のように判決する。

(裁判官 市川郁雄 千葉裕 小田部米彦)

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